第28回(通算86回)「流れ」のジェネレイト

【恵比寿スカイウォークでの出来事】

最近、恵比寿ガーデンプレイスを中心とする半径1Km以内の各所に、機能分散を測りながら事業所移転を行いました。上下方向も含む3次元の空間移動を、数ヶ月かけて(時間軸も含む4次元?)完了させました。

そして、JR恵比寿駅からガーデンプレイスに向かうスカイウォーク(動く歩道)で、面白い体験をしました。スカイウォークは総延長400mが5分割されているのですが、第3歩道への入り口でのハプニングです。私の後方から駆け込み走り去って行った紳士が、何か光るものを落としたのです。光る物体は上がり下り2本の歩道の中間エリアを、「おむすびころりん」よろしく周囲の注目を浴びながら転がり、私の左足元あたりについたタイミングで、中間エリアを歩いていたご婦人が拾い上げ、私に手渡してそのままどこかに行ってしまいました。

「あ、いえ、僕のじゃないんですよ」と断った私の手のひらに無理矢理乗せられたそれは、百円玉でした。前方にいた男女3人連れの若い女性の方に、「はいこれ、レディーファーストです」とお渡ししようとしたら、お連れの金髪紳士たちも一緒になってニコニコしながら押し戻されてしまいました。

困ったなと思いながら、ひとことふたこと言葉を交わして、私が交番に届けることにしました。ところが、ちょうど4本目の歩道への乗り換え地点に居合わせたお掃除レディに、「これ、床に落ちていましたよ」と説明したところ、快く受け取っていただけたのです。「あぁ、これで僕の役割が終わったな〜」とプチ感慨にふけっていたら、ある気づきがありました。

「世の中というのは、こうやって回っていくのだ」と。つまり、モノもお金も知識も、そして愛も前工程から引き継いだものをご後工程にお渡しすることで、世界が動くということです。

私の適正在庫理論も、半世紀以上前に英米軍によって開発された技術を、マギー博士と水野博士を経由して、さらに大学の先輩かつ会社上司であった高城博美氏の直接指導により受け継いだものを深耕・発展させて、今日の「流れを止めない適正在庫」に行き着いたのです。

企業経営者としては、技術だけにとどまらず、もっと総合的に経済社会をまわしていくわけですから、責任重大ですね。

 

【「流れを止めない」適正在庫】

先の百円玉ですが、もし私がスカイウォークの終点にある自動販売機で飲み物を買うのに百円玉がちょうど1個足りないなと思ったら、ラッキーとばかりにポケットに入れていたかもしれません。また、荷物が多すぎて両手がふさがっていたら、受け取ることができなかったでしょう。

つまり、その瞬間に自分が保有しているもの(在庫)が多すぎても少なすぎても、「流れ」が止まってしまうことを意味しています。これが適正在庫というわけです。

流れを止めないために必要なのは、在庫だけではありません。技術もその1つとなります。芸術家(アーティスト)、技術者(エンジニア)、施術者(セラピスト)はその担い手です。ちなみに、「術」に相当する英語は「art」ですから、語源的には同じなのでしょう。そして、流れを止めないこと、すなわち流れを維持することを標題の「流れのジェネレイト」と呼ぶことにします。

 

【幸福の意味】

著名な作家で釣り師の開高健氏は、酒の一生を描写して、すべては流転すること。それはかたちが変わるだけであってエネルギーは不滅であり、増えたり減ったりはしない。そのことは前でもなければ悪でもないということを書いています。これを私は、経済社会のみならず、物質レベル、生命レベル、エネルギーレベルで、宇宙は循環し流れているという意味に理解しました。そして、開高氏によれば、「流れ」とは、物質連鎖であり、生命連鎖ということになります。

ハーバード大学のハピネス研究において、幸福度の評価は、幸福感と健康度の2指標とされていますが、これはダブルバインドを引き起こす可能性があります。たとえば、お酒を飲むことで幸福感を感じる人は多いと思いますが、飲みすぎると二日酔いになって翌朝は不幸のどん底に突き落とされます。

ダブルバインドといえば、在庫問題も同じでした。生産管理者は、在庫が多すぎても少なすぎても必ず何処かからお叱りを受けるというダブルバインド状態におかれていました。だから、若くて経験が浅くメンタル面でも強くない新入社員が生産管理部門に配属されることは少なかったのです。

流れを止めない適正在庫理論では、「多すぎず、少なすぎない」という2軸指標を「流れを止めない」という1軸指標に統合することで、より上位レイヤーの問題定義にアウフヘーベン(止揚)したと考えます。数学的には、2目標最適地探索問題から、単一目標の適正在庫算出問題に置き換えたわけですから。

このアイディアを先の幸福度問題に適用すると、「流れを止めない」ことが「幸福」の意味になるのでは、と考えました。ここで流れを止めないことは、”はっぴぃ“は周囲におすそわけすることで増幅させる。ストレスは身近な人々に八つ当たりせずに、大地に流し去ることで減衰させるということになりそうです。これに職業人として貢献しているのが、作品を通じてはっぴぃを広めるアーティストであり、施術によってストレスを大地に消し去るセラピストなどです。

そして、「流れを止めないこと」に貢献している私たち工場管理技術者も、広い意味でアーティストであるのかもしれません。

第27回(通算85回)「流れを止めない適正在庫」の見える化

【コペルニクスの天体望遠鏡】

目に見えるものの延長みる癖は時間空間、神と人間
人々の思いは重なり収束し正規分布の神意となりぬ
世界には髪も仏も見つからず星の瞬き確率分布
(「かばん」新人特集号Vol.5 2011)

これは、私が三条滋のペンネームで短歌を詠み始めた頃に詠んだ3首です。これを一読した演劇関係の友人に、当時こう言われました。「勝呂さんと他の人たちでは、見えている世界が違うのですね」。

また最近になって、やはり演劇関係の友人から「勝呂さんは、私たちに見えないものが見えるのですね」と言われ、それを認めてしまったら大変なことになると直感しました。知的産業に生きている私がそれを肯定してしまったら、商売に差し支えると考えたからです。そこで、とっさに思いついたのがコペルニクスの地動説です。

コペルニクスが地動説を唱えた頃に、天体望遠鏡の発明という技術革新がありました。一般の人々には手の届かない時代にいちはやくそれを入手して惑星観測をし、その観測結果から、やはり当時の最新技術たる近代数額を用いて導き出されたのが、地動説であるという説明を友人にしたわけです。

何が言いたいかというと、私が見ているものは最先端の技術により見えるようになっただけであり、あなたがたもいずれ見ることができる世界の姿なのですよ、というわけです。

 

【LGBTとマイノリティの生き残り策】

トランスジェンダーの知人とマイノリティの生き残り作について議論した際に、彼(女)から「自身の存在根拠にマイノリティであること自体を置くことは、多くの問題を引き起こす」という指摘を受けました。ではどうすればいいのかということを考え続けていて、コペルニクスは地震でも天体望遠鏡をつくっていたことを知りました。

ここからは推測の域を出ませんが、おそらくコペルニクスには天体望遠鏡を使わずとも、太陽の周りを運行する地球やその他の惑星のビジョンが見えていたのではないかと思うのです。自分にしか見えない世界(観)と、そこから導き出される結論をなんとか人々に伝えるために努力していたのだろうという発想です。

一方で、ユダヤの民がとった戦略は、別レイヤー(お金が大好きな人々のコミュニティ)で自らがマジョリティとなることでした。ジェノサイド(特定民族を根絶やしにしようとする活動)の危機を経験したのですから当然と言えば当然ですが、この方法では、復讐の連鎖を絶つことはできません。

また、いまこの国で起こっていることは、ホロコースト(大量虐殺)を経てジェノサイドの危機を感じる人々の当然の帰結行動とも受け取れます。けれども、いずれにしちぇも、力づくでの解決策は後世に禍根を残すことになるでしょう。アインシュタインの轍を踏んではならないのだと考えます。

 

【三浦梅園、南方熊楠と流れを止めない適正在庫】

コペルニクスとほぼ同時代に、独自に地動説に辿り着いた、日本の江戸時代の自然哲学者として三浦梅園の記録が残されています。また、最近になって復権著しい明治時代の博物学者、南方熊楠がいます。

梅園は、ほとんど旅をすることがなく生涯を生地で静かに過ごしたのですが、身近な日常現象の道理を徹底的に考え抜くことで、地動説に辿り着いたと言われています。熊楠のほうは、米国・英国への留学経験があり「Nature」誌への熱心な投稿者で、かなりアグレッシブな活動を繰り広げたようです。奇行の天才とも呼ばれますが、奇行の方はおそらく独自の生き残り策であったのではないかと思われます。

私は、十数年前に熊楠の脳のホルマリン付標本を見たときのショックが大きく、近年のブームで開催されるようになった講演会の際に表示された「南方曼荼羅」の図を見た瞬間、「これは脳内シナプスネットワーク」であろうと想像しました。おそらくは、コペルニクスと同じく、梅園も熊楠も、現時点では自分にしか見えていないものを、一般の人々に理解してもらう努力を続けた生涯ではなかったかと思います。

ここで適正在庫との関連ですが、今回はこれを結言にしようと思います。

結論から申し上げると、「見える化」が重要なカギを握るように思います。何を見える化するかというと、第1に、自分にしか見えていない世界を一般の人にも見えるようにする努力です。第2に、多様性維持の大切さをわかりやすく、かつ論理的に示すこと。そして第3に、自分自身の存在意義・価値を平和的にアピールすることです。

流れを止めない適正在庫を数値として示すことは、私がプログラミングしたアプリケーションソフトウェアで、誰でも簡単・安価に実現できるようになったと思っています。これが、コペルニクスの天体望遠鏡に相当します。また、「流れを止めないこと」の重要性を開設することは、これからの私の課題であると思っております。流れを止めないためには、時空間内の局所的な(偏在ではなく)偏在を検知し、その適正(値)を知ることが必須であり、この偏在そのものが(生物)多様性と同義であることから、マイノリティを大切にしなければならないことの論理的な照明につながります。

第3の平和的アピールは、それぞれの努力に委ねられますが、文化・芸術、スポーツ、観光交流などはそのための基盤を作ることになると思います。

それぞれに共通なキーワードは、やはり工場管理から生まれた「見える化」なのでした。

第26回(通算84回)良い電子マネー、悪い電子マネー

 

【中国の電子マネー事情】

 

福州市在住の架橋令嬢の陳さんは、「中国ではお金がなくても生活できるようになったのよ」と嬉しそうに言っていますが、広告会社の東京オフィスに出稼ぎに来ている李君は、「中国ではお金がないとなにもできない。彼女もできない」と、正反対と思われるような発言をしています。“お金”の持つ意味が多様化してきています。

さて、トリビアですが、中国では「円」を「日元」と標記するようです。中華思想だなと苦笑を禁じ得ませんが、陳さんとWeChatのTV電話で情報交換をしているときに私が「金がないよ〜。オレ、ビンボーなの〜」とぼやいたら、早速にWeChatマネーを送ってくれたことがありまして、日本円に換算しようかと調べて判明しました。ちなみに、送っていただいたWeChatマネー(元でした)ですが、当時は日本では換金することができず、額面もわずかでしたので、お気持ちだけいただいて記念品にしています。おそらく華僑の方々はこんな形で海外送金をしていたのだと思います。華僑同士の決裁では現地通貨に換金する必要がないわけですから、なるほど合理的です。初期のビットコインが、海外在住の中国人達主導で広まった背景が理解できます。

2015年に本誌連載記事で紹介した「momo・mo構想」に沿う形で電子マネー社会が進展しているように思えますが、よい電子マネーとわるい電子マネーへの分化も進んでいるようですし、日本でも街角電子マネー状況が様変わりしはじめています。そこで、私の個人的な体験を交えて、現代電子マネー状況を分析し、よい電子マネーと悪い電子マネーの見分け方を考えてみたいと思います。

 

【可愛いい鳴き声の電子マネーは良いマネー!?】

 

私は古くから、ポイントカード・コレクターを自称しており、1軍12枚、2軍44枚のポイントカードを常にポケットに入れています。部屋保管の3軍まで含めると100枚を超える枚数になります。日本では、ポイントカードが決済用の電子マネーに発展している例が多いので、本稿では、「ポイントカード=電子マネー」として話をすすめます。

紙製のポイントカードも電子マネー扱いします。最近では、店頭で1軍2軍合計56枚を披露してコレクターであることを示すようにしていますので、自身のユーザー体験からだけでなく、お店の方々からの肉声も届くようになりました。

そのうえでの独断と偏見の結果が、この中見出し「可愛い鳴き声の電子マネーは良いマネー!?」となりました。つまり、お支払い時に「わおん」とか「にゃお」、「みゅう」と可愛い声で鳴く電子マネーは、なかなかによきマネーというわけです。「チャリン」というのもそのお仲間になります。

以下に、その判断の根拠となったことどもを示していきます。

はじめのうちは、スペックを基に優劣を判断していました。なかでもポイント付加率に注目していましたので、後発ながらダントツによかったのが「ドトールカード」です。これはスマホからクレジットカードでチャージすると10%のボーナスポイントが付加されるというもので、長らくマイベストカードの座を保っていました。

カフェ系ポイントカードの先駆けはスタバカードで、初期デザインカードを今でも使えているのが、私の密かな自慢です。店頭でも「よくお持ちになっていますね〜」と感心されます(笑)。ところが、このスタバカード、グローバル企業なのに海外店舗では使えないし、スペックもたびたび変更され、更に最近は貯めたポイントを支払いに使えるようにする手続きが面倒くさくなる方向に改悪されたので、あまり使わなくなりました。

スタバカードと同じく、waonカードも貯めたポイントを支払いに使えるようにする手続きが面倒なカードです。鳴き声はダントツに可愛いし、吉野屋の牛丼とオリジン弁当の支払いにはこのカードしか使えないので、やむなく使ってはいるのですが、その手続きの面倒さ加減といったらワースト1ではないかと思います。

これは資金の流れを止めることを意味しており、流れを止めない適正在庫理論に基づく判断であるわけですが、以上に示したように、スペックだけ、主としてポイント付加率で判断するのではなく、使い勝手まで調べないと良いカードなのかどうかは判断できません。ポイント付加率というのは金額の多寡での判断、あるいはPRしていることになりますが、価値を金銭換算された金額だけでしか評価できない人は信用ならないですよね。

という訳で、現状では「コレだ!」という1枚は見当たらず、それぞれ一長一短があるというのが実情です。

 

【使用に注意が必要なカードもあります】

 

ベスト1を示すことはできませんでしたが、利用に注意を要するカードを示すことはできます。それは、やはり鳴かないカードに分類されるカードですが、使った瞬間にリアルタイム位置情報がどこかに送信されてしまう種類のものです。どのカードかとは特定しませんが、間違いなく自分のリアルタイム位置情報がどこかの誰かに知られているようだとの確認ができています。

特に、電子マネーの先駆けであるEdyが使えないのに、これは使えるという場所での使用は避けた方がいいようです。支払いに使った瞬間に、自分の現在位置情報が割り出されて、なぜか不思議なことに、目の前にあるアイスクリーム屋さんの広告メッセがスマホに届くというようなことが起こっているからです。マーケティング利用だけならともかく、それを超える危険性もありますので、その対処法のヒントをお示しするとすれば「ドライブレコーダー」となります。

最近観た映画「暗殺の森」に触発されて、酷暑でぼけてしまった頭からひねり出した、電子マネー中間報告あれこれでした。

2018年8月21日(火)ほぼ週 適正在庫の視点から Vol.213 【利用に注意が必要な電子マネー】

適正在庫の広場 TSCブログ
2018/08/21

【利用に注意が必要な電子マネー】

momo・mo構想の下、電子マネーをどんどん使いましょうとオススメしてきた責任を感じて、今回の記事となりました。

それは、支払いに利用した瞬間に自分の位置情報が割り出されてしまう危険性が感じられる電子マネーです。
マチナカを歩いているときに、スマホの画面にアイスクリーム屋さんの広告メッセが届き、ふと横を見るとアイスクリーム屋さんがあったりすることがあります。東京近辺では友達からも同じような体験談が寄せられることが多くなりましたので、私だけのことではないようです。

「なるほど、これがソサエティ5.0かw」と苦笑しているうちはよかったのですが、
マーケティング利用の範囲を超えるようになると危険なことになりかねません。

そこで、今週号では、そういうのはイヤ!という方のために、秘策を授けたいと思います。
私自身も、最近では身の危険を感じることが多くなってきたので、もしもの時の遺言(笑、またかよ~)とでも思って、お聞き流し下さいませ。

それは、店頭で電子マネー支払いをする際に、次のように質問することです。
「これをタッチすると、どんな情報がなんの目的で読み取られるのですか?」

昨春改定された、個人情報保護法を活用しようというわけです。
最近、数カ所で実験的にお聞きしてみたところ、1店を除いて全ての店員さんがポカンとして返答できませんでした。
二の矢で、「こういう質問に対する訓練やマニュアルはありますか?」と問いかけると、全員がNOとの回答でした。
病院、居酒屋、タクシー運転手、ハンバーガー屋さん、駅ビルテナント店舗、ホテル(ラブホではありませんよ、笑)、駅の改札、、、、等での実験です。

個人情報保護法の改定で、規模にかかわらず全ての事業者に個人情報保護の責任が課せられるようになったことと、目的に沿った範囲であれば外部委託者に集めた情報を提供することができる仕組みになっていることは、あまり知られていませんでした。

そこで、合法的な個人情報流出でもイヤダ!という方は、店頭で上記の問いかけをすることをオススメします。
そういうひとが増えると、事業者としては、店頭での応答マニュアルを作成し、店員トレーニングをするようになります。店頭に看板表示をするようになる可能性もあります。
これは、ある意味で看板屋さんや、認証業者さん、あるいは訴訟屋さんのビジネスチャンスでもありますねw
で、結果的に、こんな情報は外に出されたくないわ~という情報の意図せざる流出を防止することになるんじゃないかなと思います。
題して「みんなで聞いちゃお作戦」!(略称:みなきこ)、いかがですか?

PS.前号から発行日時がいいかげんになってきましたので、メルマガタイトルも「ほぼ週~」に変更いたしました(笑)

 

【やさしくあるこうよ】

物理や数学の世界では、誰も証明したことがない、そもそも実在するかどうかも定かでないことについて、研究している人がたくさんいる。
(中略)
そういう人たちがしようとしていることって、ひょっとしたら閻魔大王に会うのと同じことなのかもしれない。
だって、他の人は誰もその存在を信じていないんだから。
でも、なかには必ず、本当に見つけてしまう人がいる。
あるはずのないところから、新しいものを見つけてしまう人が。

ー万城目学『ホルモー百景』より

第25回(通算83回)セクハラ、地震騒動から見えてきたこと

 

【言葉にできること、してはならないこと】

 

「見える化」が生産管理のキーワードであった時代がありましたが、モノづくりの現場には言葉にできないノウハウがたくさん残っています。現代の名工といわれる職人さん達の加工技術、技能には、マニュアル化不能なノウハウが多くあります。

かく言う私自身の持っている技術・技能の中にも、どんなに頑張っても言葉で表しきれないものがたくさんあるようです。それは、本人にとっては当たり前のことで、わざわざ説明する必要がないだろうと思えることでも、他の人から見ると不可思議で、相対してとことん説明している過程で始めて明らかになるという経験をたくさんしてきています。「洞察力がある」とか「引き出しをたくさんお持ちですね」とほめていただけることもあるのですが、秘密の技術を隠しているのではと疑いをもたれることも多々ありました。

それでもへこたれずに、なんとか他の人々にわかってもらおうと頑張った結果が、広く読んでいただいた、日刊工業新聞社から上梓した適正在庫四部作の成功であると思っています。ただ、それでもまだ十分ではないかもしれないと感じることもあります。というのは、私の本を何度読み返してもわからなかったことが、セミナーに参加して直接相対しての説明を聞くことで、初めて分かったという受講者の喜びの声を聞くことが多くあるからです。

さて、昨今では、セクハラ問題が政治界方面などを巻き込み、巷をにぎわせています。身体接触によるセクハラは言語同断に犯罪行為ですが、言葉によるセクハラは女性の受け止め方次第で犯罪が成立するという、男性にとっては恐ろしい時代になっているようです。

最近、ある言葉のセクハラ事件が報じられた際には、ついに黙っていられずに、これは男女平等原則に反する人権問題であると感じて、周囲に「オレがもし言葉のセクハラで訴えられたら、最高裁まで上訴して徹底的に戦う。それでも敗訴したら国連人権委員会に提訴する」などとわめいて周囲の失笑をかっておりました。

ところが、親しくしているある女性のふとしたつぶやきでハッと気づいたことがあります。それは、女性から見て上司であったりお仕事先の方であったり指導をしていただいている方であったりすれば、上位に位置する(権力を持つ)男性からの言葉に対する自分の応答次第で、仕事からはずされたり、邪魔されたてしまうのでは、と思った瞬間にセクハラが成立するということでした。これを「大発見」と周囲の女性に披露したところ、「あぁ、やっぱりね〜。わかってないんじゃないかと思ってた」を大笑いされてしまいました。

そこで、男性からの言葉のセクハラ訴訟対策を編み出しました。それが、憲法第九条方式宣言です。つまり、「私の言葉に対していかなる応答をしても、それを理由に自分の力の行使はしません」と宣言することです。ところが、これに対しても「そんなあたりまえのことをわざわざ言葉にするなんて、かえって怪しい」と即座に却下されてしまいました。権力を持っていれば持っている人ほど、言葉にしてはなないことへの気づきが必要なのです。

 

【相手に不安をあたえない配慮】

 

在庫の起源は農耕生活が始まった頃までさかのぼり、お米や麦などの穀物の備蓄在庫がその起源です。したがって、在庫そのものは人々から飢えへの不安を取り除く善きものでした。というのが適正在庫の基本姿勢ですが、在庫過多になってしまうとキャッシュフローを圧迫して悪者になることもあるので、適正在庫の数を知ることが重要である。と考えていたのですが、在庫過多の弊害の核心は

「不安」であることに気づきました。つまり、在庫は多すぎても少なすぎても不安を生じさせるので、不安を覚えない適正在庫を知ることが大切であるという認識が、現時点における到達点です。セクハラ話題からとんでもないところまできてしまいましたが、「相手に不安を与えない配慮」というのが、最近の私のマイブームになっております。

最近の適正在庫理論研究の対象は、モノの在庫だけでなく、フロー&ストック・モデルで捉えられるもの・ことすべてを「在庫現象」と呼ぶことで、お金やエネルギーにまで拡大しています。この中で、お金の流れに注目すると、過剰在庫の弊害は、まさに「不安」であることに、多くの方に同意していただけると思います。もちろん過小在庫が生活不安を呼び起こすことにはかわりはありませんが・・・。

というわけで、純粋な理論研究としての適正在庫理論は、金融資産の過剰在庫に悩む方々の不安を煽っていたのかもしれないと反省しました。これもセクハラと同じく、他者に不安をあたえない配慮が重要なわけです。

 

【生物的多様性の適正値研究へ】

 

大阪大地震直後の「次は東京」説に不安を煽られた私は、身近な方々の間に一騒動起こしてしまい、「オオカミ少年」認定が確定してしまいました(笑)。それは、言語化不能な脳内メカニズムにより知ってしまった(?)直近の地震発生推定時刻を示し、この時間だけでいいから地震に備えてくれ〜と、周囲につぶやいてしまった事件です。

気象庁の時間帯別降雨確率情報に時間帯別地震発生確率予報を加えるというアイデアがひらめきました。現実に社会的な有用性が実証された可能性がありますが、当該当時間には何事も起こりませんでした。結果的によかったのではありますが、近所の居酒屋を中心にお詫びをしてまわりました。そして、「へんなおじさんも1人くらいは必要ね」という居酒屋さんのママさんの言葉から、またまたひらめいてしまい、適正在庫算出技術を生物的多様性度合の適正値算出技術に拡張する研究に取り組み始めている、今日この頃です。