2018年8月9日(木)週刊 適正在庫の視点から Vol.212【暗殺のオペラと暗殺の森】

適正在庫の広場 TSCブログ
2018/08/09
【暗殺のオペラと暗殺の森】

「ラストエンペラー」や「ラストタンゴ・イン・パリ」
の映画監督ベルナルド・ベルトルッチ作品の上映特集があり、
両作品を集中的に観ております。

両映画とも、先の大戦前夜から終結までのヨーロッパ史を背景とした作品で、

イタリア地方都市で、反ファシズムの象徴であった父の暗殺が、
実は英雄になるための自作自演だったことを突き止めるという
父と息子のドラマでもある、~オペラと

イタリアのファシズム政権を嫌って仏に亡命した老教授を暗殺する
かつての教え子の秘密警察志願の動機が、
少年時代に受けた性的虐待に起因する社会への憎悪であったという、~森です。

森のほうはまだ現在研究中ですが、オペラは解明が進展しました。

反ファシズムの精神を永遠のものとしようという父の作戦は、
最初は独裁者ムッソリーニの暗殺でしたが、
仲間を裏切って警察に密告電話をします。

そして、仲間に自分を暗殺させるという作戦に転じて、
反ファシズムの英雄として死にました。

その時に母の胎内にいた主人公が、30年後に真相を突き止めるという映画です。

なぜ、仲間を裏切ったか?

それは、ムッソリーニを劇場で爆殺する提案に対して、
仲間達がはしゃぐ姿をみてしまったことがきっかけでした。

爆殺は周囲の罪なき人々を巻き込む、テロ行為であるからです。

つまり、いかなる正義であろうと、罪なき人々を犠牲にしてはならないという
行動原理からの判断であったのです。

これは、先月配信の【テロはなぜいけないか】と同じ主張であります。
この映画を初めて見たのがちょうど30年前の学生時代のことでしたので
私はこの映画の主人公と同じく、30年後にベルトルッチの考えにやっと辿り着いたことになり、
プチ感動を覚えました。

この行動原理は、「流れを止めてはならない」という、流れを止めない適正在庫理論から
演繹的に導かれる可能性があると、直感的に認識しており、その証明方法を模索している
途中ではありますが、ひっかかりのある話題でありましたので、今回の記事となりました。

PS.来週はお盆休みで休刊と致しますので、火曜配信を本日のナガサキ記念日に合わせての配信となりました。


【紫の花に詩を織る】

「だからさ、芸術でも戦争でも何でもおなじなんだよ。あれがおいしいとかどれが美しいとか、これこそが真理だとかこれは偽物だとか、どこを見たってそんなことばっかり言い合っているだろ。(中略)
腹を立てたり喜んだりしながらもけっきょく、そういうのを楽しんでいるんだ。(中略)
僕がときどきだけどおそろしいと思うのはね、そこにある欲求だよ。つまり、生きてることさ。生きてる自分からは誰も自分を守ってくれないからね」

2018年7月31日(火)週刊 適正在庫の視点から Vol.211【現代奴隷制とISOマネジメントシステム】

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2018/07/31
【現代奴隷制とISOマネジメントシステム】

2015年に英国で「現代奴隷法」が制定されたことを、
ご存じの方は少ないのではないかと思います。

これは、

人類が卒業したはずの奴隷制度が形を変えて世界を覆っている
との認識の下、その撲滅を目指す。

という理念の法制度です。

理念は立派ですが、
私はなんとなく、昔のISOマネジメントシステム認証制度(以下、ISO)に似た
匂いを感じています。

ISOは、私も若い頃に審査員業務やシステム構築コンサルの経験があり、
お世話にはなったのですが、

サッチャー政権下の英国主導で
世界のビジネス標準になったもので、

その理念はともかく、
結果的に、過剰な文書偏重主義により、日本企業の生産性を低下させることが多かっただけでなく、
最近の神戸製鋼事件の土壌にもつながっているように思えてなりません。

ISOと現代奴隷法の共通点は、
企業の取引先選定基準への影響力を有することです。

ISOの場合は、認証を得ていることを取引相手に求める企業が増えたことで普及が進みました。
現代奴隷法は、この法律に違反している組織から労働力やサービスを受けていないことを表明することを
義務づけています。

おそらく、次に来るのは法令遵守(コンプライアンス)認証制度で、
その一環としての、英国の法輸出戦略です。

これは、最近民法大改正を行ったアジア某国の指南役に、
日本が土壇場で英連邦のオーストラリアに逆転負けを喫したことから
現実味を帯びてきました。

最近の、MeTooやWeToo現象も
そのための、地ならしではないかとさえ、疑ってしまいます。

いわば、社会正義の名の下に、
企業内の従業員を人質にとる戦略とも考えられるからです。

日本の国益をたいせつに、というと
ナショナリストのようで格好悪いのですが、

そのベクトルの行き着く先は
「私を大切に」になります。

そして、その逆ベクトルの行き着く先は
「みんなのために」です。

どちらも大事なことで、
ここでも、適正在庫の理論と技術が活きてくることになります。

その中間にある、適正値を合理的に算出する技術が
流れを止めない適正在庫理論ということになります。


【たからぶね】

いまはまたリスクが溢れている。これはとてもいいことだ。そのリスクを覗いて向こう側を見てみると、なんだか大きく化けそうだと思えてくる。
ー  
スティーブ・ジョブズ

2018年7月24日(火)週刊 適正在庫の視点から Vol.210【暴力連鎖を絶つために必要なこと】

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2018/07/24
【暴力連鎖を絶つために必要なこと】

ひとつの方策として「元から絶たなきゃダメ!」の発想があります。

パワハラにしてもセクハラにしてもDVにしても
人が最初にさらされるのは、親子関係のコンフリクションです。

親との関係がうまくいかないと、
力の弱い子供は生存の恐怖の下で成長し、
その過程で蓄積されたトラウマが一生続くことになりがちです。

特に女の子は肉体的な弱者ですから、
成長してちからをつけると、無意識のうちに男性一般への復讐をはじめるのだと思います。

直接対決は難しく自覚のないことも多いので、代理復讐となる結果、
MeToやWeTo現象の土壌が生成され、そこを利用する勢力も現れるのではないかと考えます。

私は暴力をふるえないたちで、オヤジにパンチをかましたのが生涯唯一ですので、
周囲の女性は安心して何でも言ってくれ、ときにボコボコにされたりするのですが
それをちからで押さえつけることはできないし、
逃げてもいけないことだと気づいてからは、キチンと向かい合ってとことんお話しをすると、
親子関係に根っこがあるようだという事がなんとなく感じられるので、
今週はこんな話題になりました。

で、解決策ですが
大人の持つ、生命=性的エネルギーを家庭内に過度に封じ込めないことも大事ではないかと思います。

女性は月1回洗い流され、出産によって大部分消えてなくなるようですが、
男性の肉体には、そのようなメカニズムがありませんから、
過度に家庭内に封じ込めない世の中にすることが解決策になるように思いますが、
いかがなものでしょうか?

あ、つまり過剰在庫はいかんよというオチです(笑)


【m.m】

子育てって面倒くさいことの連続よ。

子育てに限らず、生きるってことは、
面倒くさいことを次々と乗り越えてゆくことよ。

でも、それから目をそらし続けてゆけば、
親子関係も、お母さん自身も、
そしてもちろんお子さんも、
現実を直視することのできない人間になってしまうわ。
面倒くさいことを回避しては絶対に生きてゆけないの。
頑張って、面倒くさいことを。

〔マツコ・デラックス〕

2018年7月17日(火)週刊 適正在庫の視点から Vol.209【テロはなぜいけないか】

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2018/07/17
【テロはなぜいけないか】

オウム事件のことを再考していて、標記について考えてみました。

西側先進国は、テロとの戦いで団結し、これをちからづくで押さえ込もうとしているように思います。

おそらく、テロリストの論理は「力には力を」なので、
これでは、暴力の応酬が激化・拡大するだけなので、逆効果なんじゃないの?
なんてなことを、つらつら考えていて、またまた閃いちゃいました(^.^)

「自分(達)の正義のために、普通に生活する人々を巻き込んではならない」

という命題です。
まぁ、あたりまえのことではありますが、
これは、数ある社会規範の中の上位に位置付ける必要があるように思います。

「けんかするなら、タイマンで正々堂々とやれよw」
ということにもつながり、
昔の任侠さんの「素人さんには迷惑をかけない」という美学でもあります。

この気づきのヒントとなったのは、
「女神の見えざる手」
という映画であり、

最終的には、ブッダの遺言
「サイの角のごとくただひとり歩め」
に辿り着くのですが、
なぜ「サイ」ではなく、足も手もなくひとりでは歩くことのできない「サイの角」なのかは未だに謎であります。


【やさしくあるこうよ】

僕はいかにも自分が主人公であるような気分で生きているけれど、よく考えてみれば、他人の人生の中では脇役にすぎない。そんなことに、今さらながら気がついた。

ー伊坂幸太郎『アヒルと鴨のコインロッカー』より

2018年7月10日(火)週刊 適正在庫の視点から Vol.208【走れメロスの納期遅れ】

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2018/07/10
【走れメロスの納期遅れ】

夏の海水浴シーズンまでに5Kg体重を落とす約束を、
フィットネスクラブのインストラクターと、この春にしました。
海水浴に間に合うように、期限を7月1日と定めて、ダイエットをはじめたのですが、
残念ながら、期限までには数百グラムの差で達成できませんでした。

しかし、周囲の方々から「あきらめずに頑張って」と励まされ、
ダイエットを続けて、7月6日の海開きの日に目標達成となりました。

もし、期限までに達成できなかったことで、やけになって大食いしてしまっていたら
逆に大幅なリバウンドとなり、ダイエットは逆効果になっていたことでしょう。

走れメロスも、夕日が沈むまでに、友のもとに帰らなかったら、
友は処刑され、おそらくは自分も処刑されていたに違いありません。

王は、「どうせ間に合いっこないのだから、逃げてしまった方がお前のためだ」
と何度も誘惑の言葉を投げかけていました。

しかしメロスは、もうだめだと思っても、あきらめずに
友との約束を果たすために、走り続けました。

そして、期限までには間に合わなかったものの、
処刑寸前に辿り着いたのです。

その二人の姿は、
何度も何度もだまされたり裏切られ続けたためにひとを信じられなくなっていた
王を感動させ、ついには改心させてしまったのです。

おそらく、期限までに帰り着いていたとしても、王は難癖をつけて、二人とも処刑していたのかもしれません。

こう考えると、たとえ期限に間に合わなかったとしても、あきらめずに走り続けたことが
逆によかったのだとも考えられます。

次工程への払い出し期限、やお客様への納期を過ぎてしまったとしても
なんとか1分でもはやく届けようと頑張ることが大切であると考えると
納期遅れや、欠品に対する見方が、変わってきませんか?

PS.今朝の体重も目標キープしています。お釈迦様も生前はおやせになっていたのだそうですし、
イエスキリストも細身ですから、やっぱりやせていた方がいいですね~(笑)


【紫の花に詩を織る】

できればぼくの仕事は、流行を突き抜けたものでありたいと思っています。だれもが辿りつけなかった「味」の妙味を残すこと。
(中略)
自分にしか成し得ない仕事、この世に生まれたことを恥じない仕事、辿りつけなくてもそれが「勇気」として、押し付けがましくなく人に伝わる仕事であること。それがぼくの「覚悟」です。

「料理人という生き方」/道野正  より