【「流れに乗れること」の意味】
2020年の東京オリンピックから、サーフィンが正式種目になります。私も50歳を過ぎてから始めた、へたれサーファーではありますが、今まで経験したスポーツの中ではサーフィンがダントツ1番で面白いです。実際、SUPやウィンドサーフィン等を加えると、楽しんでいる人の数が世界で最も多いスポーツなのだそうです。
波乗りとも言われるように、沖からやってくる波に乗るのが醍醐味ですが、うまく波に乗れたときは「あぁ、いま俺は宇宙の流れに乗っている〜」と実感することが出来ます。
先月号で、流れを止めてはならないと述べましたが、止めないだけでなく流れに乗ることで大きな幸福感がもたらされます。
あるプロ雀士の言によれば、ギャンブル必勝法は身の回りに流れが滞っているところがないか、常に目配りして、それを流れるようにすることなのだそうです。たとえば、駅に行く道すがらに、草履の鼻緒が切れてうずくまっているおばあちゃんを見つけたらすぐさま駆け寄って助けてあげると言う具合に日常生活から心がけて、運気の流れを整えるわけで、それはまるで宮沢賢治の『雨ニモマケズ』の世界です。
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
(宮沢賢治「雨ニモマケズ」より抜粋)
【流れを止めない生産管理】
工場における生産管理屋の仕事は、宮沢賢治の世界のようだという意見に頷く読者の方は多いと思います。自社の製造現場だけでなく、協力企業や購買先、あるいは物流センターや納入先まで、常にモノの流れが滞っているところの問題解決に奔走する毎日ではないかと思います。また、モノの流れだけでなく、電気やガスやエアー、水、さらには情報の流れなどにも目配りする必要があります。
以前、トヨタの工場見学に行ったときに聞いたかんばん枚数の決め方の極意は、現場でモノの流れをよく見ることだということでした。毎日見ていれば、なんとなく何枚くらいでまわっていくか、あと何枚減らせるか・増やせるかが自然にわかるのだという説明でした。それが分かるようにならなかったら現場の監督として失格であるともおっしゃっていました。そのように考えると、かんばんという道具も、モノと情報の流れを止めないための仕掛けであるということが理解できます。
TOC(Theory of Constraints:制約条件の理論)では、流れの滞るボトルネック工程を見つけることが、改善の第一歩とされています。ボトルネック工程の前の在庫を切らさないようにスケジューリングして、ボトルネック工程の稼働率を上げ、次いでボトルネック工程の能力を上げる改善を進めるという具合です。こちらも、流れを阻害するポイントとしてのボトルネック工程を解消して、流れを止めないようにするという発想ではないかと思います。
このように「流れを止めない」という視点でものごとを考えていくと、いろいろ便利なことが多く、工場にコンサルに入ったときにも応用しています。たとえば、こんな感じです。
「高額部品の購買先を、今より安くなるけど遠い所にある会社に代えた方がいいでしょうか?」
「その部品が急に必要になることがありますか?」
「はい、今は近くの会社からなので、そういうときは直ぐに持ってきてもらえてます」
「新しい調達先からの納入を待つ時間が長くて、こちらの製造ラインが止まってしまうようなら、やめたほうがいいですね」
「なるほど!」
あるいは、
「悩み事のある人が移載作業をしている後ろ姿を見てると、途中で動きが止まっているのが分かるのです。動きが止まらないように、悩みの相談に乗れるか声をかけてみようね」
「観察と声かけですね」
【変わっていく適正在庫の定理】
適正在庫という言葉を生産管理の世界の技術用語として初めて用いたときの定義は、
「多すぎず、少なすぎないちょうどいい在庫量、
欠品を防止しながら過剰在庫にならないように決める」
という内容でした。その後、数学的な厳密さを考慮して、
「決められたサービス率を保つ最小量の在庫」
に落ち着いたのですが、今回これを次のように更新し、「適正在庫2.0」とします。
「流れを止めない為に保有する在庫」
少なすぎれば欠品となって流れが止まりますし、多すぎれば滞留して流れが止まりますから、「流れを止めない」という一言で「適正」の意味を表すことが出来るようになります。従来の定義では減らしたい方向のベクトルと増やしたい方向のベクトルの綱引きの感がありましたが、新定義では一元的になり、すっきりしたように思います。
そして、新定義による適正在庫算出技術にもブレークスルーが起こりました。流れを止めない在庫量という新発想で研究を進めたら、流れを見るだけで適正在庫を決められる技術が誕生しました。在庫ポイントを中心とするモノの流れは、INとOUTを見るだけで分かります。私が適正在庫の研究を始めた若い頃に、現場の超ベテランのオヤジさんが、「ナニ、在庫管理なんてのは簡単そのものだよ!入りと出だけなんだから、足し算と引き算だけだ。そんな小難しい数式なんかひねくり回してどうすんの?」とからかわれたことがありましたが、まさに入りと出だけで、適正在庫がわかるようになったのです。