2018年7月31日(火)週刊 適正在庫の視点から Vol.211【現代奴隷制とISOマネジメントシステム】

適正在庫の広場 TSCブログ
2018/07/31
【現代奴隷制とISOマネジメントシステム】

2015年に英国で「現代奴隷法」が制定されたことを、
ご存じの方は少ないのではないかと思います。

これは、

人類が卒業したはずの奴隷制度が形を変えて世界を覆っている
との認識の下、その撲滅を目指す。

という理念の法制度です。

理念は立派ですが、
私はなんとなく、昔のISOマネジメントシステム認証制度(以下、ISO)に似た
匂いを感じています。

ISOは、私も若い頃に審査員業務やシステム構築コンサルの経験があり、
お世話にはなったのですが、

サッチャー政権下の英国主導で
世界のビジネス標準になったもので、

その理念はともかく、
結果的に、過剰な文書偏重主義により、日本企業の生産性を低下させることが多かっただけでなく、
最近の神戸製鋼事件の土壌にもつながっているように思えてなりません。

ISOと現代奴隷法の共通点は、
企業の取引先選定基準への影響力を有することです。

ISOの場合は、認証を得ていることを取引相手に求める企業が増えたことで普及が進みました。
現代奴隷法は、この法律に違反している組織から労働力やサービスを受けていないことを表明することを
義務づけています。

おそらく、次に来るのは法令遵守(コンプライアンス)認証制度で、
その一環としての、英国の法輸出戦略です。

これは、最近民法大改正を行ったアジア某国の指南役に、
日本が土壇場で英連邦のオーストラリアに逆転負けを喫したことから
現実味を帯びてきました。

最近の、MeTooやWeToo現象も
そのための、地ならしではないかとさえ、疑ってしまいます。

いわば、社会正義の名の下に、
企業内の従業員を人質にとる戦略とも考えられるからです。

日本の国益をたいせつに、というと
ナショナリストのようで格好悪いのですが、

そのベクトルの行き着く先は
「私を大切に」になります。

そして、その逆ベクトルの行き着く先は
「みんなのために」です。

どちらも大事なことで、
ここでも、適正在庫の理論と技術が活きてくることになります。

その中間にある、適正値を合理的に算出する技術が
流れを止めない適正在庫理論ということになります。


【たからぶね】

いまはまたリスクが溢れている。これはとてもいいことだ。そのリスクを覗いて向こう側を見てみると、なんだか大きく化けそうだと思えてくる。
ー  
スティーブ・ジョブズ

2018年7月24日(火)週刊 適正在庫の視点から Vol.210【暴力連鎖を絶つために必要なこと】

適正在庫の広場 TSCブログ
2018/07/24
【暴力連鎖を絶つために必要なこと】

ひとつの方策として「元から絶たなきゃダメ!」の発想があります。

パワハラにしてもセクハラにしてもDVにしても
人が最初にさらされるのは、親子関係のコンフリクションです。

親との関係がうまくいかないと、
力の弱い子供は生存の恐怖の下で成長し、
その過程で蓄積されたトラウマが一生続くことになりがちです。

特に女の子は肉体的な弱者ですから、
成長してちからをつけると、無意識のうちに男性一般への復讐をはじめるのだと思います。

直接対決は難しく自覚のないことも多いので、代理復讐となる結果、
MeToやWeTo現象の土壌が生成され、そこを利用する勢力も現れるのではないかと考えます。

私は暴力をふるえないたちで、オヤジにパンチをかましたのが生涯唯一ですので、
周囲の女性は安心して何でも言ってくれ、ときにボコボコにされたりするのですが
それをちからで押さえつけることはできないし、
逃げてもいけないことだと気づいてからは、キチンと向かい合ってとことんお話しをすると、
親子関係に根っこがあるようだという事がなんとなく感じられるので、
今週はこんな話題になりました。

で、解決策ですが
大人の持つ、生命=性的エネルギーを家庭内に過度に封じ込めないことも大事ではないかと思います。

女性は月1回洗い流され、出産によって大部分消えてなくなるようですが、
男性の肉体には、そのようなメカニズムがありませんから、
過度に家庭内に封じ込めない世の中にすることが解決策になるように思いますが、
いかがなものでしょうか?

あ、つまり過剰在庫はいかんよというオチです(笑)


【m.m】

子育てって面倒くさいことの連続よ。

子育てに限らず、生きるってことは、
面倒くさいことを次々と乗り越えてゆくことよ。

でも、それから目をそらし続けてゆけば、
親子関係も、お母さん自身も、
そしてもちろんお子さんも、
現実を直視することのできない人間になってしまうわ。
面倒くさいことを回避しては絶対に生きてゆけないの。
頑張って、面倒くさいことを。

〔マツコ・デラックス〕

2018年7月17日(火)週刊 適正在庫の視点から Vol.209【テロはなぜいけないか】

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2018/07/17
【テロはなぜいけないか】

オウム事件のことを再考していて、標記について考えてみました。

西側先進国は、テロとの戦いで団結し、これをちからづくで押さえ込もうとしているように思います。

おそらく、テロリストの論理は「力には力を」なので、
これでは、暴力の応酬が激化・拡大するだけなので、逆効果なんじゃないの?
なんてなことを、つらつら考えていて、またまた閃いちゃいました(^.^)

「自分(達)の正義のために、普通に生活する人々を巻き込んではならない」

という命題です。
まぁ、あたりまえのことではありますが、
これは、数ある社会規範の中の上位に位置付ける必要があるように思います。

「けんかするなら、タイマンで正々堂々とやれよw」
ということにもつながり、
昔の任侠さんの「素人さんには迷惑をかけない」という美学でもあります。

この気づきのヒントとなったのは、
「女神の見えざる手」
という映画であり、

最終的には、ブッダの遺言
「サイの角のごとくただひとり歩め」
に辿り着くのですが、
なぜ「サイ」ではなく、足も手もなくひとりでは歩くことのできない「サイの角」なのかは未だに謎であります。


【やさしくあるこうよ】

僕はいかにも自分が主人公であるような気分で生きているけれど、よく考えてみれば、他人の人生の中では脇役にすぎない。そんなことに、今さらながら気がついた。

ー伊坂幸太郎『アヒルと鴨のコインロッカー』より

第24回(通算82回)バランスとアンバランスの構造

 

【バランスとアンバランスの構造】

 

私は大学の専攻が経営工学でしたので、理工学部なのに会計学や経済学が必修単位で、試験前の一夜漬け勉強で苦労した覚えがあります。特に支払や受取を勘定科目に振り分ける仕分けのルールを暗記するのに必死で、訳も分からずにひたすら覚える作業が苦痛でした。当時は、この学問の必要性・重要性を正しく理解していなかったのだなぁと、今になって反省ひとしきりです。というのは、人生60年を経て、この「貸方と借方」という考え方の素晴らしさに気づいてしまったのです。

老若を問わず、理知的な人ほど相手との貸し借り勘定に敏感であることに気づかされます。この場合の貸し借りは、会計計算上の金銭の貸借だけに収まることはむしろまれで、困ったときに助けられたご恩を大きな借りと自覚してきっちり恩返しをする行動や、その反対に仕返しをするような行動を含みます。待たせたり待たされたりの時間の貸し借りも日常的に自覚されることです。そして、お金とお金、行為と行為、時間と時間・・・というように、同じ単位同士での貸し借りになる単純なケースは多くありません。

このように、複雑な計算となる場合が多い「貸し借りというコミュニケーション」を、人間というのは大した能力をもっているもので、日々無意識のうちに行っています。これができない方、あるいはその量的尺度が他者と大きく隔たる方が、いろいろコンフリクションを起こしている様子も観測されます。

大切なのは、貸しと借りのバランスを保つことです。一時的、あるいは部分的にバランスが崩れることがあっても、長期的大域的に帳尻を合わせる努力を怠らないことは、世の中を渡っていくための重要事項です。そして、このバランスを常に保つための計算技術のエッセンスが、会計学にあったのでした。

こんなことにふと気づいた頃、先日招かれた結婚披露宴で同じテーブルについて歓談した方が、高校卒業後半世紀以上経理のお仕事をされてきたことがわかり、以上のお話しをしたところ、「会計・経理をやってきて、一番大事な事として言えるのは、まさにそのことなのです」とおっしゃられるのです。経理計算なんてものは、今はパソコンがやってくれるから楽な作業になったけど、貸方と借方に分けてものごとを見て、かつそのバランスを考えるということに気づくことが大切なのだということでした。

 

 

【バランスの測定単位は時間】

 

金銭の貸し借りという視点の技術はすでに確立されているようですが、時間視点についてはどうでしょうか。貸し借りというより、取引、あるいはもっと広くお付き合いやコミュニケーションという視点で見てみましょう。

今、私はこの原稿を書いていますが、そのために費やした何時間かの時間を皆様にご提供していると言えます。一方、読者の皆様は原稿を読むために一定のお時間を割いていただいています。双方が互いに相手に提供する時間には、それぞれが書いたり読んだりできるようになるために、受けた教育訓練や経験なども、実際の投入時間の積分値に係数を掛けるような計算を経て含まれるべきでしょう。さらに、この原稿を編集し印刷・製本しお届けする方々の費やした時間も同様に投入されています。そして、原稿を書く人は1人ですが、読む人は複数であるという点も重要なファクターとなります。

宅配便を送るときは、お届け日時を指定することが多いと思いますが、事前連絡をした場合でも再配達となった場合でも、配達業者の方と何時から何時までの間は待っている、というようなお約束をして自宅で待機します。これも、ものを送るというアクションと、受け取るために待機するという行為同士の取引ないしは貸し借りということになります。一方で、マッサージやコンサルティングといった人的サービスも、施術や指導を受ける側もサービス提供者と同じ長さの時間を相手方に提供していることになります。

営業電話がくると不快になるのは、相手の目的が売り込みであることが判明するまでの会話時間を奪われているという感覚があるからです。「時間どろぼう」という言い方のできる行為も多く経験するところです。以上のように、時間のやりとりという視点で振り返ると、金銭のやりとりという視点だけでは把握できない貸し借り関係が世の中にはたくさんあることが分かります。

やりとりや取引には、モノのやりとりや気持ちのやりとりなど、様々な形態がありますが、その貸し借りのバランスを保つための測定単位をそろえるとしたら、時間ではないかと思います。時間というのは、万人にほぼ平等に与えられており、生涯時間すなわち寿命という見方をすると、時間は生命量そのものであると考えられるからです。以前述べた生命通貨という発想もこのあたりから来ております。

 

【局所的なアンバランス】

 

貸し借りにおいてはバランスを保つことが大切なわけですが、動的なとらえ方をしないと、世界には活力が失われ生命が終息するように思えます。流れを止めない適正在庫理論の数理的な考察によれば、完全なバランス状態というのは流れの無い状態、すなわち死を意味しています。時空間内の局所的偏在、すなわちアンバランスが必要になるからです。そして、その局所的アンバランスの適正量を計算する技術が、流れを止めない適正在庫算出技術から続々と派生して、誕生しつつあります。

このあたりのお話も、次回以降の本連載でご紹介しながら、みなさんにもこの研究にご参加いただけないかと思っています。

2018年7月10日(火)週刊 適正在庫の視点から Vol.208【走れメロスの納期遅れ】

適正在庫の広場 TSCブログ
2018/07/10
【走れメロスの納期遅れ】

夏の海水浴シーズンまでに5Kg体重を落とす約束を、
フィットネスクラブのインストラクターと、この春にしました。
海水浴に間に合うように、期限を7月1日と定めて、ダイエットをはじめたのですが、
残念ながら、期限までには数百グラムの差で達成できませんでした。

しかし、周囲の方々から「あきらめずに頑張って」と励まされ、
ダイエットを続けて、7月6日の海開きの日に目標達成となりました。

もし、期限までに達成できなかったことで、やけになって大食いしてしまっていたら
逆に大幅なリバウンドとなり、ダイエットは逆効果になっていたことでしょう。

走れメロスも、夕日が沈むまでに、友のもとに帰らなかったら、
友は処刑され、おそらくは自分も処刑されていたに違いありません。

王は、「どうせ間に合いっこないのだから、逃げてしまった方がお前のためだ」
と何度も誘惑の言葉を投げかけていました。

しかしメロスは、もうだめだと思っても、あきらめずに
友との約束を果たすために、走り続けました。

そして、期限までには間に合わなかったものの、
処刑寸前に辿り着いたのです。

その二人の姿は、
何度も何度もだまされたり裏切られ続けたためにひとを信じられなくなっていた
王を感動させ、ついには改心させてしまったのです。

おそらく、期限までに帰り着いていたとしても、王は難癖をつけて、二人とも処刑していたのかもしれません。

こう考えると、たとえ期限に間に合わなかったとしても、あきらめずに走り続けたことが
逆によかったのだとも考えられます。

次工程への払い出し期限、やお客様への納期を過ぎてしまったとしても
なんとか1分でもはやく届けようと頑張ることが大切であると考えると
納期遅れや、欠品に対する見方が、変わってきませんか?

PS.今朝の体重も目標キープしています。お釈迦様も生前はおやせになっていたのだそうですし、
イエスキリストも細身ですから、やっぱりやせていた方がいいですね~(笑)


【紫の花に詩を織る】

できればぼくの仕事は、流行を突き抜けたものでありたいと思っています。だれもが辿りつけなかった「味」の妙味を残すこと。
(中略)
自分にしか成し得ない仕事、この世に生まれたことを恥じない仕事、辿りつけなくてもそれが「勇気」として、押し付けがましくなく人に伝わる仕事であること。それがぼくの「覚悟」です。

「料理人という生き方」/道野正  より