2018年4月10日(火) 週刊 適正在庫の視点から Vol.196【community と society】

適正在庫の広場 TSCブログ
2018/04/10
【community と society】

ハイブリッド・コミュニティ構想について考えを巡らせています。

現政権および経団連のすすめる society5.0 への単純なカウンターとならないような方策を考えていて、表題に至りました。

現状では community < society という包含関係が成立しているように思えます。

日本語にすると、共同体と社会で

共産主義がcommunismで、社会主義がsocialism となり、、、???

となってしまい、これは英語圏の発想を理解する必要があると思って

最近、英国のLow school 留学から帰国したばかりの友人 末永貴実さんに相談したら、次の回答をいただきました。

「既存の制度的背景を考えると、構成人数という数の包含関係ではありませんが、多くの場合、包含関係にあるのが現状です。

あくまで私の考えですが、 私はcommunity は価値観/文化的背景/目的/場所を共有しているもので、society はむしろもっと社会的な基盤/関係を構造的に共有しているものだと感じています。。

すいません、わたしの考えというより解釈でした! すべての人がこのフレームで使い分けをしているわけではありませんが、少なくとも、国連の文書はこの感覚で使い分けられています。」

なるほど!

と感心して、更に考えを巡らしておりましたら、「食べる」というキーワードを思いつきました。

共同体から社会に至るスペクトラムを想定し、

・狩りの獲物を分けてもらえるか?
・つくってもらった料理を安心して食べられるか?
・一緒に食べると幸せになれるか?
・野菜をつくっているお百姓さんを信頼できるか?
・調味料をつくっている食品会社は信用できるか?
・漁師さんが魚を獲っている海の汚染を防止するシステムを信頼できるか?
。。。

という軸方向で、包含関係をとらえるという発想です。

「食べる」以外にも、いろいろな軸を考えることができそうです。

「住む」とか「働く」などなど、、、


【紫の花に詩を織る】

僕が赤ん坊のとき、お母さんの乳がたりなかったので、僕は毎日ラクトーゲンを飲んで育ったのだと、いつかお母さんはいいました。
(中略)
僕は、その話を聞いたとき、じゃあ、オーストラリアの牛も僕のお母さんかな、といいました。

吉野源三郎「君たちはどう生きるか」より


【ご連絡】

先週号で声帯ポリープの手術はしないぞ宣言をしましたが、あっさり撤回することになりました。
周囲の方々からの懇願も聞き入れず、「だっていやなんだも~ん」で逃げていただけだったのですが
焼き鳥屋のおばあちゃんから、「悪いモノは早くとらなきゃダメ!」と一喝されまして心を入れ替えました。
会社近くのNTT関東病院で5月に手術を受けることが決まりました。
術前検査やらなんやらと、術後の安静期間もあり
もうしばらく、発声を節約する必要がありますので、ご関係の方々にはご迷惑おかけしますこと、お許しくださいませ。
PS.今週号のコラムに関連して、お母さんは世界中にいるんですねと感想を述べましたら、
今回の焼き鳥屋のおばあちゃんも、おかあさんですね(^.^)ということになりました。

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