第27回(通算85回)「流れを止めない適正在庫」の見える化

【コペルニクスの天体望遠鏡】

目に見えるものの延長みる癖は時間空間、神と人間
人々の思いは重なり収束し正規分布の神意となりぬ
世界には髪も仏も見つからず星の瞬き確率分布
(「かばん」新人特集号Vol.5 2011)

これは、私が三条滋のペンネームで短歌を詠み始めた頃に詠んだ3首です。これを一読した演劇関係の友人に、当時こう言われました。「勝呂さんと他の人たちでは、見えている世界が違うのですね」。

また最近になって、やはり演劇関係の友人から「勝呂さんは、私たちに見えないものが見えるのですね」と言われ、それを認めてしまったら大変なことになると直感しました。知的産業に生きている私がそれを肯定してしまったら、商売に差し支えると考えたからです。そこで、とっさに思いついたのがコペルニクスの地動説です。

コペルニクスが地動説を唱えた頃に、天体望遠鏡の発明という技術革新がありました。一般の人々には手の届かない時代にいちはやくそれを入手して惑星観測をし、その観測結果から、やはり当時の最新技術たる近代数額を用いて導き出されたのが、地動説であるという説明を友人にしたわけです。

何が言いたいかというと、私が見ているものは最先端の技術により見えるようになっただけであり、あなたがたもいずれ見ることができる世界の姿なのですよ、というわけです。

 

【LGBTとマイノリティの生き残り策】

トランスジェンダーの知人とマイノリティの生き残り作について議論した際に、彼(女)から「自身の存在根拠にマイノリティであること自体を置くことは、多くの問題を引き起こす」という指摘を受けました。ではどうすればいいのかということを考え続けていて、コペルニクスは地震でも天体望遠鏡をつくっていたことを知りました。

ここからは推測の域を出ませんが、おそらくコペルニクスには天体望遠鏡を使わずとも、太陽の周りを運行する地球やその他の惑星のビジョンが見えていたのではないかと思うのです。自分にしか見えない世界(観)と、そこから導き出される結論をなんとか人々に伝えるために努力していたのだろうという発想です。

一方で、ユダヤの民がとった戦略は、別レイヤー(お金が大好きな人々のコミュニティ)で自らがマジョリティとなることでした。ジェノサイド(特定民族を根絶やしにしようとする活動)の危機を経験したのですから当然と言えば当然ですが、この方法では、復讐の連鎖を絶つことはできません。

また、いまこの国で起こっていることは、ホロコースト(大量虐殺)を経てジェノサイドの危機を感じる人々の当然の帰結行動とも受け取れます。けれども、いずれにしちぇも、力づくでの解決策は後世に禍根を残すことになるでしょう。アインシュタインの轍を踏んではならないのだと考えます。

 

【三浦梅園、南方熊楠と流れを止めない適正在庫】

コペルニクスとほぼ同時代に、独自に地動説に辿り着いた、日本の江戸時代の自然哲学者として三浦梅園の記録が残されています。また、最近になって復権著しい明治時代の博物学者、南方熊楠がいます。

梅園は、ほとんど旅をすることがなく生涯を生地で静かに過ごしたのですが、身近な日常現象の道理を徹底的に考え抜くことで、地動説に辿り着いたと言われています。熊楠のほうは、米国・英国への留学経験があり「Nature」誌への熱心な投稿者で、かなりアグレッシブな活動を繰り広げたようです。奇行の天才とも呼ばれますが、奇行の方はおそらく独自の生き残り策であったのではないかと思われます。

私は、十数年前に熊楠の脳のホルマリン付標本を見たときのショックが大きく、近年のブームで開催されるようになった講演会の際に表示された「南方曼荼羅」の図を見た瞬間、「これは脳内シナプスネットワーク」であろうと想像しました。おそらくは、コペルニクスと同じく、梅園も熊楠も、現時点では自分にしか見えていないものを、一般の人々に理解してもらう努力を続けた生涯ではなかったかと思います。

ここで適正在庫との関連ですが、今回はこれを結言にしようと思います。

結論から申し上げると、「見える化」が重要なカギを握るように思います。何を見える化するかというと、第1に、自分にしか見えていない世界を一般の人にも見えるようにする努力です。第2に、多様性維持の大切さをわかりやすく、かつ論理的に示すこと。そして第3に、自分自身の存在意義・価値を平和的にアピールすることです。

流れを止めない適正在庫を数値として示すことは、私がプログラミングしたアプリケーションソフトウェアで、誰でも簡単・安価に実現できるようになったと思っています。これが、コペルニクスの天体望遠鏡に相当します。また、「流れを止めないこと」の重要性を開設することは、これからの私の課題であると思っております。流れを止めないためには、時空間内の局所的な(偏在ではなく)偏在を検知し、その適正(値)を知ることが必須であり、この偏在そのものが(生物)多様性と同義であることから、マイノリティを大切にしなければならないことの論理的な照明につながります。

第3の平和的アピールは、それぞれの努力に委ねられますが、文化・芸術、スポーツ、観光交流などはそのための基盤を作ることになると思います。

それぞれに共通なキーワードは、やはり工場管理から生まれた「見える化」なのでした。

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