2018年12月17日(月)ほぼ週 適正在庫の視点から Vol.218 【ダリ・アンプ】

【ダリ・アンプ】

 

APIM7の基本技術である「流れを止めない技術」の特許成立が確定し、

紙に印刷された特許証の到着を待つばかりになりました。

 

そんなこんなで忙しく、メルマガも滞りがちだったのですが

最後の最後は、ナント入院のおまけまでつきました(^^)v

 

帯状疱疹と脳溢血を相次いで検知したのです。

検知と言ったのは、発症寸前に気づいて手を打ったからなのですが

 

ここで役だったのが、

APIM7技術に含まれる「ダリ・アンプ」なのです。

 

超現実主義画家のサルバドール・ダリにちなんで命名したとおり

現実世界に表象される微細な変化を拡大して検知する

というロジックをいいます。

 

帯状疱疹も脳溢血も、

このダリ・アンプを自分の体内に向けた結果

発症前に手を打つことで、防止することができたわけです。

 

ここまででお分かりのように

「流れを止めない技術」の適用範囲は、在庫にとどまりません。

 

お金もエネルギーも、ハピネスもストレスも、

およそ流れを成すもの全てに適用可能なのです。

 

つまり、この特許は

これからの世界OSの基本特許に育っていく可能性を持っています。

 

公共性が非常に高いので

その扱いについて最新の注意を払いたいと考えていますが

多くの方々の御協力を仰ぎたく、ご連絡をお待ちしておりますので

どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

【紫の花に詩を織る】

 

自由を制限されたところに真の自由が最もよく発揮される、とは、なにも芸術創作上にかぎられた課題ではない。

 

塩野七生「男たちへ」 より

2018年11月24日(土)ほぼ週 適正在庫の視点から Vol.217 【適正在庫の原点、たまごについて】

【適正在庫の原点、たまごについて】

 

適正在庫セミナーで必ず行う演習に、

「太郎君の目玉焼き」があります。

 

書籍にも、在庫管理の基本を説明する話題として登場します。

 

その理由は、私がたまご大好き人間だからですが、

こどもの頃には、庭飼いニワトリの産卵を小屋の前に腹ばいになって待ち構え、

産みたてのほっかほっか卵を母トリからぶんどって食べていたほどです。

 

そんなわけで、最近の「平飼い卵」にはいち早く反応してスーパーに足を運びました。

すると、似たような名前の「放牧卵」「放し飼いたまご」があり、どれがいいのか分からなかったので、その日は買わずにネットで調べてみると

卵の名前だけでなく、協会やら管轄官庁やら、ブログやら、、、

百花争乱状態で、ますます分からなくなってしまいました。

 

これって、私が18年前から開拓してきた「適正在庫」と同じ状態だなと思いましたので、

 

それなら、大手のブランド力なんかにはだまされないように

自分で食べてみるのが一番と、再びスーパーに足を運び

全部買ってきて、比べてみました。

 

その結果、分かったことは

ブームになる30年以上前から、ニワトリの幸せ生活のために放し飼いをほそぼそと続けていた会社のものが、ダントツに美味しかったということでした。

 

「これは儲かる」と気づいて後から参入した卵は

ゴージャスな包装や宣伝費や立派なブランドなど

お金がかかっているし(その分高価でしたが、、)

鮮度表示に疑問があったりといろいろ問題があり、

なんと言っても、美味しくなかったのです。

 

はい、みなさん

私が何を言いたいのかは、もうお分かりですねw

 

これ以上の具体的な説明はいたしませんが、

適正在庫のホンモノは、ここにしかないのですよ!

くれぐれも、後発のニセモノをつかまされなように(^.^)

 

 

【m.m】

 

蜂はお花のなかに、お花はお庭のなかに、お庭は土塀のなかに、土塀は町のなかに、町は日本のなかに、日本は世界のなかに、世界は神さまのなかに。

そうして、そうして、神さまは、小ちゃな蜂のなかに。

 

—金子みすゞ

2018年10月23日(火)ほぼ週 適正在庫の視点から Vol.216 【そうだ!ナウシカという手があった】

【そうだ!ナウシカという手があった】

 

在庫管理スタッフは、常にダブルバインド状態に置かれてストレスフルな生活をしています。

 

経営企画部門から在庫削減を求められて

在庫を減らしすぎると、

今度は営業マンから叱られます。

 

流れを止めない適正在庫算出技術APIMの登場で

どこまで在庫を減らせばいいのか?

あるいはいくつまで持っていいのか?

が合理的に分かるようになりました。

 

でも、その真実を営業にも経営企画にも納得してもらうためには

社内権力が必要になると考えて、

はやく昇進しようとか、より大きな部門の長になろうとか、、、

いろいろもがいていると、

そのうち、ミイラ取りがミイラになるごとく

合理性よりも、ちからづくの人になりがちです。

 

APIMユーザーの方々は、

合理的な思考の方が多く(だからAPIM導入提案をされたのですが)

陥穽に陥ることは少ないのですが、

戦国時代の軍師のように知謀を巡らせすぎると、

中長期的には社内が荒れてしまう危険があります。

 

社内政治闘争から始まって、

歴史や文学・哲学、芸術やらいろいろ考えを巡らしていたところ、

アニメの世界にヒントが見つかりました。

 

それが、「風の谷のナウシカ」なのです。

 

少女ナウシカは、空気を読むのではなく風を読み、

大勢を率いて戦うことを嫌い、たった一人で

怒り狂うオウムを「うなり笛」と笑顔でなだめて

平和をもたらしました。

 

それで、今号のタイトルとなったわけです。

 

技術担当の「ユパ」が格好いいので、

私はこの役をやりたいです。

 

そして、これからたくさんの「ナウシカ」を育てていきたいなと思います。

あ、別に少女である必要はありません(笑)

 

老若男女(プラスLGBT)、過去の経歴も不問です。

 

うなり笛に相当する、APIMという道具を使いこなし、、、

でも最大の武器は、やっぱり「ナウシカの笑顔」でしょうか(^.^)

 

 

【やさしくあるこうよ】

 

「殺し合いは、猿人や原人の時代からあったこと」らしいけれど、もしそれが、人間が本来持っている本能なのだとしたら、逆にそれを認めて、原因を突き止めて、抑制する方法を考えるという手だてもあるはずだ。

だって、人は、人を憎むことが好きだけれど、人に憎まれることは嫌いなんだから。

絶望があるから、希望もある。

 

ー荻原浩『二千七百の夏と冬』より

2018年10月17日(水)ほぼ週 適正在庫の視点から Vol.215 【スマホを捨てて街に出よう】

 

【スマホを捨てて街に出よう】

 

メルマガタイトルの頭に、「ほぼ週」をつけたら

さぼり癖がついてしまい、しばらくお休み状態になってしまい、申し訳ありませんでした。

 

今号の話題は、

「これは早くお知らせしなくっちゃ」の内容なので頑張りました。

 

急な寒さで布団にもぐり込んでラジオを聴いていたら

英国で、Apple Watch を使った盗聴が、、、

というニュースが飛び込んできたので

パソコンで「アップルウォッチ 盗聴」とググって出てきた

記名ニュース(複数)内のハッカー達のコメントに

 

「スマホ等なんてハッキングするのチョロいぜ〜」

とあったので、皆様に注意喚起です。

 

社内であれば、スマホ禁止は常識ですが、

最近の巷の話題である、

歩行スマホはかっこわるいだけでなく、

車運転中スマホは、他者の生命を危険にさらすリスクが

歩行喫煙どころじゃないほど大きいです。

 

カフェやバーでのスマホも、みっともないだけでなく

自分でも知らないうちにハッキングされて

盗聴・盗撮の踏み台にされてしまう危険性があります。

 

スマホはマナーの問題だけではなくなったようですし、

スマホを見るより、街中や車窓の風景を見ていた方が楽しいですよね。

 

※以上は、ここ数ヶ月間の実証実験を踏まえての発言ですので、

もし、詳しくお知りになりたい方は、私まで直接お問い合わせ下さいませ。

 

 

【紫の花に詩を織る】

 

「並みの執事は、ほんの少し挑発されただけで職業的あり方を投げ捨て、個人的なあり方に逃げ込みます。そのような人にとって、執事であることはパントマイムを演じているのと変わりありません。ちょっと動揺する。ちょっとつまずく。すると、たちまちうわべがはがれ落ち、中の演技者がむき出しになるのです。」

 

カズオ・イシグロ著  『日の名残り』より

2018年8月28日(月)ほぼ週 適正在庫の視点から Vol.214 【ベルイマンとゴールドラット】

 

【ベルイマンとゴールドラット】

 

スウェーデンの映画監督 イングマール・ベルイマンの生誕100年記念映画祭があり、

30年ぶりに数作品を観ました。

 

歳を重ねると受け止め方がだいぶ変わります。

なかでも大きく変わったのが、ベルイマンの代表作といわれる「野いちご」と「処女の泉」です。

 

「野いちご」は、婚約者を弟に奪われた過去を持つ、厳格な老教授が名誉博士号授与式に向かう道中を描いたロードムービーです。

息子の妻が同乗しての道中に過去の思い出がフラッシュバックされ、これと途中から合流した若者男女3人のヒッチハイカー達とのエピソードを交えてのストーリーだったので、学生時代に観た時は、知識人の寂しい最期を描いた作品だと思っていました。

 

ところが還暦を迎えた今、まったく逆の映画であることに気づきました。

ラストシーンが、ベッドで息子の妻に看取られての最期だと思っていたのが、

実はそうではなくて、義理の娘に対して「君が好きだよ」と言った上、次のシーンでは総白髪に黒髪が混じり、若返った姿を表現していたのです。

 

ヒッチハイカーの若者達は車中で、女の子一人をはさんで男の子二人が「神は存在するか」

論争を繰り広げ、最後は取っ組み合いの喧嘩になってしまいます。

これを見ていた老教授は、深遠な議論の正体が実は女の子の取り合いであることに気づきます。

 

そして、弟に奪われた婚約者が、厳格すぎる自分に対して、教会の司祭のようで寂しいとこぼしていたことを思い出します。

 

その上での、若返ってしまったラストシーンとなるわけです。

なので、この映画から私が受けたメッセージは、

「好きだという気持ちを大切に!そしてそれを正直に伝えよう」

です。

でも、これって現代日本でやったら、即セクハラで訴えられそうですねw

 

「処女の泉」のほうの詳細説明は省略するとして、

真の愛とはなにか、許しの本質は、といった深遠な議論を巻き起こした作品です。

 

ところが私は、悪魔の餌食となった娘の最期の地で、父が神に次の誓いをするラストシーンで大笑いしてしまいました。

「神よ、私は犯罪者を許し、その証としてこの地に(お金をかけて)近代的な教会を建立します」

 

複数ある、深遠な議論の解決策は、それぞれコンフリクトを起こしています。

復讐心と正義、真実の愛と貞節、、、などです。

 

こんなときには、TOC(制約条件に理論)を提唱した故ゴールドラット博士が最後にたどり着いた、シンキングプロセスでは、複数解決案の間でコンフリクトが生じたら、より上位レイヤーでの解決策を考えるべしと言っています。

 

とすると、この場合の父のとるべき態度は、教会に教えられた正義や純潔や貞節や寛容などといった社会規範をいったん脱ぎ捨ててみて、考え直してみることとなるのです。

 

ところが、逆に教会に許しを求めてしまったので、大笑いの結末となってしまったのです。

風刺映画だったんですね(*^_^*)

 

 

 

【m.m】

 

争いは、同じレベルの者同士でしか発生しない。

 

—『神のみぞ知るセカイ』若木民喜より