第13回(通算71回)新・ジャスト・イン・タイム

「メロスは激怒した。」

太宰治の「走れメロス」は、この書き出しで始まり、以下に続きます。

「願いを、聞いた。その身代りを呼ぶがよい。三日目には日没までに帰って来い。おくれたら、その身代りを、きっと殺すぞ。ちょっとおくれて来るがいい。おまえの罪は、永遠にゆるしてやろうぞ。」

「太陽も既に真昼時です。あれが沈んでしまわぬうちに、王城に行き着くことが出来なかったら、あの佳い友達が、私のために死ぬのです。」

妹の祝言のために刑執行の猶予をもらった王との約束は、3日後の日没までに戻ることでした。それまでに帰れなかったら、身代わりを買って出てくれた親友セリヌンティウスが処刑されてしまうという物語です。結末は皆様ご存じの通りのはっぴぃえんどです。

私がこの物語に感銘を受けたポイントは、「日没までに」というところでした。3日後の18時30分などというように時間ではなく、日没と指定しているところが、ツボにはまったわけです。

時間場の理論によれば、時間の起源は太陽が昇り・沈み、そしてまた昇るまでを1日としたことにあります。次いで、月が欠け・満ちる期間を1ヶ月とし、春に始まり夏秋冬を経てまた春が来るまでを1年としました。つまり、天体の運行がそもそもの時間であり、日時計に始まる時計は人工的にそれらを分割した時間を示すだけのものだからです。

そして、「適正在庫2.0」も時間のとらえ方、つまりリードタイムの考え方を、入庫、出庫、倉入、払出…というイベントの区切りに基づくカウントとしているのです。

なので、期限の設定は時計の示す時刻ではなく、イベント、つまりメロスの場合は日没とするのが正しいと考えたわけです。

 

【ジャストインタイムが大事】

以下のような、安全在庫算出の古典理論式があります。

ss=k√Tσ

ss:安全在庫

k:安全係数

T:リードタイム

σ:需要量の標準偏差

これは、次元解析により科学的に誤りであることが証明されてしまった過去の遺物の計算式なのですが、この理論式を根拠として

「リードタイム短縮で在庫削減を実現できる」

という俗説が広まったように思います。

ところが、顧客の要求納期日数よりもリードタイムを短くできれば意味がありますが、そうでなかったら現場を苦しめるだけの結果となります。

注文を受けてから生産を始めて要求納期に間に合えば、在庫を持つ必要がなくなりますから、確かに在庫削減することができます。しかし、その見込みがないのに、とにかくリードタイムを1秒でも短縮しようという改善活動には合理性が無いことになるのです。

では、何が肝心かというと、入出庫タイミング、つまり入庫と出庫のどちらが先かという先行関係が大切なのです。0.1秒でも出庫の前に入庫がされれば欠品になりませんが、0.1秒でも遅れれば欠品になるでしょうという論理です。実際の現場実務では、そんなに厳しくなることはありませんので、日単位ぐらいの運用にはなるとは思いますが、大事なのはどっちが先かという点です。

要は、リードタイムの時間の長さではなく、ジャスト・イン・タイムが肝心であるということがわかります。

【どの時点の在庫かで適正在庫を判断する】

だいぶ以前の話になりますが、ある大手鉄道会社の補修部品の在庫管理の技術指導にはいったことがあります。そのとき、工場の助役さんから

「年度末の3月31日の在庫を最小化する技術を開発して欲しい」

と言われ、

「在庫削減は平均在庫を減らすことが大事なので、そんな決算対策だけのための在庫削減は邪道です」

と偉そうに言ってしまいました。けれども、今になって考えると、助役さんの方が正しくて、私は間違っていたなと反省しております。

結局、渋々ながらも技術開発に取り組んだところ、それが成功して、大手化学メーカーの定修(定期補修)前の在庫積み上げ量計算に使われるようになり、いまでは適正在庫技術指導の大事な武器となっています。ですから、そのときの助役さんには謝らなくてはならないだけでなく、感謝もしなくてはなりません。

このように、在庫が適正かどうかという判断は、<どの時点の在庫か>という視点を抜きにはできないいというのが最新の研究の示すところです。

株価維持のための財務体質改善が目的ならば、まさに決算期日の3月31日在庫を最小化するというのは正しい判断だということになります。

欠品により顧客にご迷惑をかけたくないのであれば、顧客の求める納期までにお届けできれば十分ということになります。

一方、キャッシュフロー改善を目指すのならば、モノの在庫適正化だけでなく、支払サイトと入金サイトまで含めた改善を進める必要があるわけです。

以上のまとめとして、昨年公式定義として示した適正在庫の定義を以下のように更新しようと考えます。幅広い方々からのご意見を頂戴いたしたく、どうぞよろしくお願いいたします。

 

<適正在庫の定義2.0>

モノの流れを止めない為に、サプライチェーン上の各時点で最小限保有すべき在庫量。

補足:各時点で適正在庫を保有した結果実現される在庫水準を、適正平均在庫と称する。

第12回(通算70回)ダブルバインドからの解放がもたらす生産管理

【ダブルバインドという無理難題】

心理学用語にダブルバインド(二重拘束)という言葉があります。これは、「二つの矛盾した命令」を受け取った側(子供)が、その矛盾を相手(親)に指摘できないのに、自分(子供)は相手(親)に応答せざるを得ないような状態をいいます。

お母さんが夕飯をつくっているときに、近くで遊んでいた子供に「宿題はちゃんとやったの?勉強しなさい!」と声を掛けたとしましょう。子供は素直に従って、勉強部屋に入って宿題を始めます。そこへお母さんがやってきて「お母さんがこんなに忙しく仕事しているのにお手伝いもしてくれないの!?」と叱る。このような状況がダブルバインドです。

この時お母さんは、もしかしたら、お父さんから急な飲み会の連絡が入って、せっかくごちそうをつくっていたのにおじゃんになってむしゃくしゃしていたのかもしれません。何か嫌なことがあって、誰かに当たらずにはいられなかったのかもしれません。けれども、そんな事情とは関係なく、子供にとってこれは災難です。子供はどうしたらいいのか分からず、頭が混乱してしまいます。

こうした現象は、昔は精神分裂病と言われていた、統合失調症の患者の家族間のコミュニケーションによく見られたことから、この精神病の発症原因とする学説もあったそうです。確かに、二つの矛盾する命令を下され、どちらに従っても叱責されるとなると、精神は分裂してしまうのかもしれません。

このダブルバインド、モラルハラスメントの加害者の武器としても使われます。上司は部下に察して動くことを強要したうえで、何もしなければ叱り、行動が意に染まないとこれまた叱責されるという状況のようです。忖度を求めるというのも同じ部類でしょうが、このような心理メカニズムを知っておくことで、被害者になることが防止できるかもしれません。

【モノづくりの周囲における環境の良さ】

私は、大手メーカーの生産技術研究所で14年間のサラリーマン経験があるので、モノづくりの仕事をされる方とおつき合いするのが一番ほっとします。つまり、本誌の読者のような方に親近感があります。

約20年前に中小企業診断士と技術士の資格を取得して、コンサルタントとして独立起業してからは、さまざまな業種の方々とおつき合いするようになりました。その経験的な感覚からその理由を自分なりに分析してみると、モノづくりに携わる方々には次のような良いところがあるからだと納得できます。すなわち、「ルールや約束をちゃんと守り、嘘をつかない」ということ。そして「いつも目標や目的を明確に示す」という習慣が根付いていることが挙げられます。時間厳守というのもその中に入ります。

普段、田舎道では歩行者信号が赤でも、左右の状況判断で渡ってしまう私ですが、工場の中に入ると無意識に歩行区分線に従い、緑色の歩行ゾーンからはみ出すことは決してありません。各人が決められたとおりに行動しなかったら、モノは正しく出来上がりませんし、他の工程に迷惑をかけることがはっきりしているからです。

目標・目的が明確に定められている仕事環境はとても気持ちのいいもので、製造現場にはハッキリとした品質目標や生産高目標が掲げられています。この良好な精神環境が現場で働く方々の心にも良き影響を及ぼしているのではないかと思います。

一方で、工場の外には不確実な世界が拡がっております。それでも、工場の外側と内側の境界の仕事をしている部門の方々のおかげで、工場内部では整然とした環境が保たれているわけです。そして、その最たる仕事というのが、生産管理なのではないかと思います。

【一元指標としての、流れを止めない適正在庫】

サラリーマン時代に、工場に出向いていろいろな部門の方々といっしょに仕事をしたときの経験から言いますと、コミュニケーション能力の高い人は生産管理部門の方に多かったように記憶しています。逆に考えると、コミュ力が高くないと生き残れないとも言えます。真面目すぎて相手のために一途に頑張ってしまう若者は、精神的につまずく事が多く、どこかのタイミングで他部門に移っていくのを何度か目撃したことがあります。

内外の境界の仕事というのは、相矛盾する要求を受けて、自社内でなんとか解決するなり、相手に難題を納得してもらって仕事を進めることになりますから、それだけストレスも高まるわけです。そして、相反する要求が数値としてハッキリ現れるのが、在庫というわけです。

営業からは、もっと在庫を持ってくれと言われるのに、製造現場や経理・経営部門からは在庫削減を求められるのが、生産管理業務における在庫管理の特徴です。MRPが日本に導入された頃によく言われたのが、Ill Structured Problem という言葉で、生産管理の仕事は複雑で悪構造な仕組みなので難しいのだという主張でしたが、在庫視点でみると問題点は単純で、増やせと減らせの相矛盾する要求をされるという点につきます。つまり、仕事そのものが<ダブルバインド>であったというわけです。

適正在庫理論もこれまでの研究では、在庫削減と欠品防止の同時実現を掲げていましたので、ダブルバインド状態からは抜け出せていなかったことになります。技術の力でなんとか不幸な状態を緩和しようとしていたわけです。それが、ここへ来ての新発見である「流れを止めない適正在庫2.0」により、流れを止めないために保有する在庫という一元的な基準で適正在庫を決められるようになりました。

適正在庫2.0は、ダブルバインドという足かせをはずされ、足取りも軽くすくすくと育っていくと期待しています。

第11回(通算69回)「流れ」をとらえることでわかること

【再読してマイブームの『日本沈没』】

数年前に映画化もされた小松左京のS小説『日本沈没』(1973年)を最近再読し、マイブームになっています。日本列島全体が沈没してしまうという荒唐無稽なSFなのですが、発刊当初は、この本に出てくる、地球物理学による理論解説に唸りました。当時の最先端理論であるプレート・テクトニクスによる解説部分やアイデアは、修士論文相当であるとの評判が立ったほどです。

最近になって、このアイディアには数理モデルによる理論付けもされていたことに気づき、読み直したというわけです。それは、「ナカタ過程」という、確率数学の「マルコフ過程」を思い起こさせるような数理モデルです。この数学理論によって日本列島が海中に沈んでいく過程が説明されたおかげで、日本民族は無事に海外避難できたとされ、続編では「ナカタ過程」を構築した情報数理学者の中田一成が、海外避難した日本政府の首相に納まっています。国土を失った日本民族は、かつてのユダヤ民族とは異なり、日本国政府を維持していたのです。

【ユダヤ民族の生き残り戦略】

最近の英国の科学者の研究によれば、人類の進化の鍵は自閉スペクトラム症が握っていたことが、DNA解析によって明らかにされたとのことです。自閉スペクトラム症とは、かつては天才の別称とも言われたアスペルガー症候群のことで、アメリカ精神医学界の基準DSMが数年前に改訂された際に自閉症の一部に組み入れられた、発達障害のひとつです。空気を読めずにコミュ不全となり、特に数値データへのこだわりが強いことが特徴とされるのですが、程度の違いはあっても誰にでもその傾向はあるとされています。

発達障害というのは、規格外ということで、世の中の大勢とは異なる少数派に属する人々、つまりマイノリティということになるのだと思いますが、実はその特性が人類の進歩に貢献しているというわけです。そもそも人類というのは動物界の中ではマイノリティだったのですが、そのマイノリティたらしめている特性によって、今日の繁栄を築いたというのが人類学の示すところですから、マイノリティの境遇から這い上がっていくノウハウを我々人類は持っているのかもしれません。

そのケーススタディとして、ユダヤ民族の歴史を研究すると興味深いことがわかります。ユダヤの民は数千年前に国土から追い出されて世界に散り散りとなり、先の大戦ではホロコーストにも見舞われるという悲劇を経験した少数民族でした。しかし、肌や目の色などの身体特性ではマイノリティでも、「お金が一番」という価値観においては仲間をどんどん増やしてマジョリティの地位を獲得しています。『ヴェニスの商人』にも描かれているように金融ビジネスに長けており、その世界でナンバー1の地位を占めているといってもよいかと思います。つまり、得意分野で勝負し、その世界で仲間を増やしてマジョリティとなるという戦略と言っていいでしょう。

【世界沈没の数理モデル】

ここ数年住んでいる葉山の、海の家の主人は、海と空と風の流れを読んでその日の仕込み量を決めているそうです。先月号で、かんばん枚数の決定は、現場でモノの流れを見ていると分かるようになるという話をしましたが、海の家の主人は同じようなことをしていたわけです。

海に向かって砂浜の上に数分間立つだけで、だいたいの客足と売れるメニューと数がわかるので、それらを総合的に計算して仕込み量を決めているそうなのですが、私はそのとき思いました。

私が永年やってきた適正在庫理論の研究とは、海の家の主人達が頭の中でやっていることを、コンピュータにやってもらうための研究だったのだなと。

とすると、次のようなたとえ話ができそうです。朝の気温だけを測って計算していたのが古典理論で、これに海水温の測定も加え、さらに風向風速計なども追加して、予測精度を向上させてきたのが適正在庫理論であると。そして、「適正在庫2.0」は、この海の主人の能力まるごとのデジタル版ということになります。いきなり仕込み量が計算できるので測定誤差が入り込む余地がなく、計算精度が上がって速くなったというわけです。

何十年も葉山の海で暮らしてきた海の家の主人たちなら感覚で分かることを、地元の人なら普通に持っている能力が欠けていたために研究した結果生まれた技術であるともいえるでしょう。つまり、「適正在庫2.0」は、普通の人なら持っている能力に欠けるマイノリティが、生き残りを賭けて懸命に努力した結果生まれた技術というわけです。

そのように生まれた技術の応用として、現在は「世界沈没」過程を説明する数理モデルの研究を進めているのですが、これが日本民族の安全な海外避難をもたらした先ほどの「ナカタ過程」と同じような機能を果たす可能性があります。なぜなら、入りと出の情報から「流れ」を定量化し、流れを止めないための数値を算出する技術は、流れが止まっていく過程を説明する数理モデルに発展させることができるからです。

流れが止まっていく過程とは、製品寿命が終わっていくプロセスであり、会社が倒産に至る過程、あるいは国家や世界経済が崩壊する過程を意味します。つまり、もし今世界が沈没しようとしているなら、その過程を説明出来る数理モデルは、生き残りのための舵取り役となります。気象予報や地震速報の様に、わずかな時間でもいいから事前に次の事態を知ることで危険を回避できるからです。

この研究、今はクライアントの協力をいただいて製品寿命の尽きるタイミングを知らせるアラート機能の開発からすすめている段階です。技術が完成して、世界を少しでも幸せにすることに貢献できたらと願っています。

第10回(通算68回)適正在庫の奥義「流れを止めない」

【「流れに乗れること」の意味】

2020年の東京オリンピックから、サーフィンが正式種目になります。私も50歳を過ぎてから始めた、へたれサーファーではありますが、今まで経験したスポーツの中ではサーフィンがダントツ1番で面白いです。実際、SUPやウィンドサーフィン等を加えると、楽しんでいる人の数が世界で最も多いスポーツなのだそうです。

波乗りとも言われるように、沖からやってくる波に乗るのが醍醐味ですが、うまく波に乗れたときは「あぁ、いま俺は宇宙の流れに乗っている〜」と実感することが出来ます。

先月号で、流れを止めてはならないと述べましたが、止めないだけでなく流れに乗ることで大きな幸福感がもたらされます。

あるプロ雀士の言によれば、ギャンブル必勝法は身の回りに流れが滞っているところがないか、常に目配りして、それを流れるようにすることなのだそうです。たとえば、駅に行く道すがらに、草履の鼻緒が切れてうずくまっているおばあちゃんを見つけたらすぐさま駆け寄って助けてあげると言う具合に日常生活から心がけて、運気の流れを整えるわけで、それはまるで宮沢賢治の『雨ニモマケズ』の世界です。

東ニ病気ノコドモアレバ

行ッテ看病シテヤリ

西ニツカレタ母アレバ

行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ

南ニ死ニサウナ人アレバ

行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ

北ニケンクヮヤソショウガアレバ

ツマラナイカラヤメロトイヒ

(宮沢賢治「雨ニモマケズ」より抜粋)

 

【流れを止めない生産管理】

工場における生産管理屋の仕事は、宮沢賢治の世界のようだという意見に頷く読者の方は多いと思います。自社の製造現場だけでなく、協力企業や購買先、あるいは物流センターや納入先まで、常にモノの流れが滞っているところの問題解決に奔走する毎日ではないかと思います。また、モノの流れだけでなく、電気やガスやエアー、水、さらには情報の流れなどにも目配りする必要があります。

以前、トヨタの工場見学に行ったときに聞いたかんばん枚数の決め方の極意は、現場でモノの流れをよく見ることだということでした。毎日見ていれば、なんとなく何枚くらいでまわっていくか、あと何枚減らせるか・増やせるかが自然にわかるのだという説明でした。それが分かるようにならなかったら現場の監督として失格であるともおっしゃっていました。そのように考えると、かんばんという道具も、モノと情報の流れを止めないための仕掛けであるということが理解できます。

TOC(Theory of Constraints:制約条件の理論)では、流れの滞るボトルネック工程を見つけることが、改善の第一歩とされています。ボトルネック工程の前の在庫を切らさないようにスケジューリングして、ボトルネック工程の稼働率を上げ、次いでボトルネック工程の能力を上げる改善を進めるという具合です。こちらも、流れを阻害するポイントとしてのボトルネック工程を解消して、流れを止めないようにするという発想ではないかと思います。

このように「流れを止めない」という視点でものごとを考えていくと、いろいろ便利なことが多く、工場にコンサルに入ったときにも応用しています。たとえば、こんな感じです。

「高額部品の購買先を、今より安くなるけど遠い所にある会社に代えた方がいいでしょうか?」

「その部品が急に必要になることがありますか?」

「はい、今は近くの会社からなので、そういうときは直ぐに持ってきてもらえてます」

「新しい調達先からの納入を待つ時間が長くて、こちらの製造ラインが止まってしまうようなら、やめたほうがいいですね」

「なるほど!」

あるいは、

「悩み事のある人が移載作業をしている後ろ姿を見てると、途中で動きが止まっているのが分かるのです。動きが止まらないように、悩みの相談に乗れるか声をかけてみようね」

「観察と声かけですね」

 

【変わっていく適正在庫の定理】

適正在庫という言葉を生産管理の世界の技術用語として初めて用いたときの定義は、

「多すぎず、少なすぎないちょうどいい在庫量、

欠品を防止しながら過剰在庫にならないように決める」

という内容でした。その後、数学的な厳密さを考慮して、

「決められたサービス率を保つ最小量の在庫」

に落ち着いたのですが、今回これを次のように更新し、「適正在庫2.0」とします。

「流れを止めない為に保有する在庫」

少なすぎれば欠品となって流れが止まりますし、多すぎれば滞留して流れが止まりますから、「流れを止めない」という一言で「適正」の意味を表すことが出来るようになります。従来の定義では減らしたい方向のベクトルと増やしたい方向のベクトルの綱引きの感がありましたが、新定義では一元的になり、すっきりしたように思います。

そして、新定義による適正在庫算出技術にもブレークスルーが起こりました。流れを止めない在庫量という新発想で研究を進めたら、流れを見るだけで適正在庫を決められる技術が誕生しました。在庫ポイントを中心とするモノの流れは、INとOUTを見るだけで分かります。私が適正在庫の研究を始めた若い頃に、現場の超ベテランのオヤジさんが、「ナニ、在庫管理なんてのは簡単そのものだよ!入りと出だけなんだから、足し算と引き算だけだ。そんな小難しい数式なんかひねくり回してどうすんの?」とからかわれたことがありましたが、まさに入りと出だけで、適正在庫がわかるようになったのです。

第9回(通算67回)なぜ人を殺してはいけないのか?

【なぜ人殺しはいけないのか?】

この理由を子供にきちんと教えるとしたら、どう説明しますか?それとも「駄目なものは駄目!」とちからずくで教えますか?もし「法律で決まっているからだ」と答えたら、きっと素直な子供は「なんで法律は守らなくてはならないの?」と聞き返すことでしょう。「法律を守らないと罰せられるからだよ」と答えたとしたら、つまりは個人個人の損得判断ということになります。つまり、法律を守ること自体が大切なのではなく、法律を守らないと処罰されたり社会的制裁を受けたりといった損失があるので、それを総合的に損得計算して判断するということになるのです。

でも、この答えでは不十分だと子供でも考えるでしょう。人を殺しても、逃げおおせたり、いろいろな力(経済力、政治力、軍事力、、)を総動員して無罪を勝ち取れると判断したら、人を殺すことへの抑止力が低下してしまうからです。

では、どう考えたらいいのか?

「とりかえしのつかないことはしてはいけない」

という考え方を皆で共有したらどうだろうと、私は思いつきました。

うっかりひどい事を言って、誰かを傷つけてしまっても、ちゃんと誠意をもってお詫びしていれば、相手はそれに免じて許してくれるかもしれません。また、ケガをさせてしまったなどの身体の傷でも、ケガが治り、落ち着いてくれば、加害者を許してもいいと思えることがあります。

お腹が空いているのにお金がなくてどうしようもなくなり、てコンビニのおにぎりを万引きして一時をしのげたとしましょう。その後事態が回復し、アルバイトして稼いだお金を持ってお店に謝りに来て返金をしたとしたら、店主は犯罪だからという理由でその人を警察に突き出すでしょうか。

つまり、傷でもモノでもお金でも、後からとりもどすことができるなら寛容になることができるということです。もっとも、返してもらうまでの間に、自分の手元になかったがために発生する損失をどう計算するのかという問題や、原状回復の程度をどう取り扱うかは研究課題として残りますが、実はこれも適正在庫理論の延長で研究中なのです。

ところが、人を殺してしまったら、もう生き返らせることはできません。命は取り戻せません。とりかえしのつかないことをしてしまったことになります。だから、人殺しはいけないという論理です。

【流れを止めてはならない】

さて、ちょっと違う角度からこの問題を考えてみます。われわれ生き物は、人間だけでなく動物も含めて生き物は他の生き物を殺して食べることで自分の生命を維持しています。これはどう考えればいいのでしょうか。とりかえしのつかないこと、つまり生命を奪うことはいけないことなのに、自分が生きるために食べるのだったら牛や魚を殺すことは許されるのでしょうか。

コンフリクション(衝突)が生じたら、より上位レベルの概念で解決策を考えよ!という問題解決手法が、ゴールドラット氏の開発したTOC(Theory of Constraints:制約条件の理論)のシンキングプロセスにあります。

この問題で、より上位レベルの概念として置けそうだと私が考えるのは、「流れを止めてはならない」という考えです。どういうことかというと、流れを止めてしまうと元には戻りませんから、とりかえしのつかないことになります。そして、生命には、食物連鎖や遺伝情報連鎖という流れがあります。人間同士が殺し合うのはいけないが、動物を殺して食べてもよいというのは、食物連鎖の流れを止めないためという説明がつきます。殺生を禁じる教えが生まれたのは、人殺しを止めたかったお釈迦様が、人と他の生物の違いをあえて分けずに、殺しそのものを否定したためなのかもしれません。つまり、古典理論で、リードタイム変動があるときに、最大リードタイムで安全在庫を計算することにしたことと同じです。

以上のように、解決できない問題にぶつかったら、より上位の概念で解決策を考えるというのは有効な手法ですが、どんどん上位へ上位へとさかのぼっていくと、最後にこれ以上はさかのぼれない命題(ここでは「考え方」と思って下さい)に行き着きます。このような証明不能な命題が必ずひとつは残るということが、「ゲーテルの不完全性定理」によって数学的に証明されています。そこで、「流れを止めてはならない」を、今回の最上位命題と位置付けることで、納得できるのではないかと思います。

ゲーテルの定理では、複数の命題群が相互に矛盾なく正しさを証明可能な公理系であっても、最後にたった1つ証明不能の公理が残るということを示しています。そのたった1つの公理を、神の存在とするのではなく、その内容によって各自が判断可能な命題とすると、現代人に受け入れ易い社会規範が構築できるように思います。複数の最終公理同士の対立を解消する、より上位概念が発見される可能性がありますし、もしもたった1つの公理を神の存在とすると、どの神を信じるかで争いが起こってしまうからです。

【適正在庫は流れを止めない在庫量】

適正在庫の問題は、サプライチェーン全体の在庫配置に行き着いて企業間の在庫負担の問題となるので、単純な損得計算だけでは全体最適な解決策を示すことができませんでした。力の強いサプライチェーン・リーダーに都合よくなってしまうからです。そこに、「流れを止めない在庫量」という考え方を導入することで、誰もが納得できる適正在庫配置を示すことができます。過剰在庫も欠品多発もモノの流れを阻害する要因だからで、まさに「流れを止めてはならない」です。

そして、この考えの下に生まれた最新の適正在庫理論では、その「流れ」を見るだけで適正在庫が計算可能となり、面倒だったリードタイム集計や過去データの蓄積が一切不要となっています。