2018年7月10日(火)週刊 適正在庫の視点から Vol.208【走れメロスの納期遅れ】

適正在庫の広場 TSCブログ
2018/07/10
【走れメロスの納期遅れ】

夏の海水浴シーズンまでに5Kg体重を落とす約束を、
フィットネスクラブのインストラクターと、この春にしました。
海水浴に間に合うように、期限を7月1日と定めて、ダイエットをはじめたのですが、
残念ながら、期限までには数百グラムの差で達成できませんでした。

しかし、周囲の方々から「あきらめずに頑張って」と励まされ、
ダイエットを続けて、7月6日の海開きの日に目標達成となりました。

もし、期限までに達成できなかったことで、やけになって大食いしてしまっていたら
逆に大幅なリバウンドとなり、ダイエットは逆効果になっていたことでしょう。

走れメロスも、夕日が沈むまでに、友のもとに帰らなかったら、
友は処刑され、おそらくは自分も処刑されていたに違いありません。

王は、「どうせ間に合いっこないのだから、逃げてしまった方がお前のためだ」
と何度も誘惑の言葉を投げかけていました。

しかしメロスは、もうだめだと思っても、あきらめずに
友との約束を果たすために、走り続けました。

そして、期限までには間に合わなかったものの、
処刑寸前に辿り着いたのです。

その二人の姿は、
何度も何度もだまされたり裏切られ続けたためにひとを信じられなくなっていた
王を感動させ、ついには改心させてしまったのです。

おそらく、期限までに帰り着いていたとしても、王は難癖をつけて、二人とも処刑していたのかもしれません。

こう考えると、たとえ期限に間に合わなかったとしても、あきらめずに走り続けたことが
逆によかったのだとも考えられます。

次工程への払い出し期限、やお客様への納期を過ぎてしまったとしても
なんとか1分でもはやく届けようと頑張ることが大切であると考えると
納期遅れや、欠品に対する見方が、変わってきませんか?

PS.今朝の体重も目標キープしています。お釈迦様も生前はおやせになっていたのだそうですし、
イエスキリストも細身ですから、やっぱりやせていた方がいいですね~(笑)


【紫の花に詩を織る】

できればぼくの仕事は、流行を突き抜けたものでありたいと思っています。だれもが辿りつけなかった「味」の妙味を残すこと。
(中略)
自分にしか成し得ない仕事、この世に生まれたことを恥じない仕事、辿りつけなくてもそれが「勇気」として、押し付けがましくなく人に伝わる仕事であること。それがぼくの「覚悟」です。

「料理人という生き方」/道野正  より

2018年7月3日(火)週刊 適正在庫の視点から Vol.207【まあ、しゃあねえか→まあいいか】

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2018/07/03
【まあ、しゃあねえか→まあいいか】

先々週の「まあ、しゃあねえか」のお話しを、あちこちで致しましたところ、
「しゃあねえか」を「仕方ない」と受け止めて、
この言葉は外国語に翻訳するのがとても難しいことから、
日本文化特有の感情・概念ではないのかと指摘されました。

「mottainai」や「KAIZEN」などと同様に、
そのままの発声で世界に発信すべきではないか?
とも、、、

「仕方ない」には否定的なあきらめのニュアンスがあります。
「しゃあねえか」には、大阪人的な明るいユーモア精神を込めたつもりでおりました。

日本語から日本語への翻訳段階で、ノイズが混入したように思えましたので、
標記のように、「まあいいか」に表現を変更したいと思います。

国際的に通用する表現にするには、
どんな言い方がいいのか、
読者の皆様の知恵をいただきたく、
どうぞよろしくお願いいたします。

はい、英語が苦手なんです(笑)


【たからぶね】

翻訳とは、パラドックスの中で最良の答えを見つけること。たとえそれが、ウソのような答えであろうとも。それが妥協のアートというもの...。

ー  福光 潤 '翻訳者はウソをつく!'より

2018年6月26日(火) 週刊 適正在庫の視点から Vol.206【したごころ~】

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2018/06/26
【したごころ~】

したごころ
ないといったら
うそになる
きみのたいせつ
ぼくにもたいせつ

これは、信長が50歳で詠んだのだから
現代の私は60歳で詠もうと思って詠んだ辞世の句です。

なんでそんな気になったのかという理由の詳細は、またあらためてということにして、
その過程で、わくわくするようなアイデア(というより思いつきですが)が生まれたので
以下に記します。

1,時間帯別地震発生確率情報の提供

2.動物異常行動モニターに基づく地震アラートシステム

3.コミュティ内の適正ダイバーシティ度

1は現行の時間帯別降雨確率に加えて、同じく時間帯別地震発生確率情報を計算して提供したらどうだろうか?
という発想です。満月や夏至の近くに地震が発生しやすい等古くからの言い伝えを統計学でロジカルに説明する理論を
構築すれば、季節毎の日内地震発生確率分布は容易に計算できるのではないかと考えたのです。

2は海から魚が消えたとか、羽アリの大量発生とかの動物の異常行動をリアルタイム24Hモニタリングして地震や災害予知をするもので、国家戦略として推進されているSociety5.0のモニタリング対象を
人間だけでなく、動物や植物、更には雲の形など自然現象全体に拡げることで容易に実現できると思います。

1と2を組み合わせると、アラートが出ても、どの時間帯に身構えていればいいかが分かるだけで
被害を最小化できるし、アラートが外れてもそんなにアラートミスによる被害が大きくならないことが
今回実証されたのではないかと思っています。
地震そのものは地球、いや宇宙全体の自然現象ですので、これを人工的にコントロールしようとすることには無理があります。
需要予測精度を完璧にして在庫ゼロを実現しようとする誤りに通じるものがあります。
地震を止めることなどできないのだから、発生したとしても被害を最小にしようという発想です。
そして、遠方に避難しようとするひとが殺到してパニックになることも防止できます。

3については、恥ずかしい理由に関係するもので、
実は今回オオカミ少年になってしまったのですが、
でも本人は真剣だったので身近な大切な人たちには
「こんなこというとへんなおじさんだと思われるかもしれないけれど、、、」
と理由を話し始めると間髪を入れず
「それはとっくにバレバレだから大丈夫です(笑)」といわれて
なにも起こらずに、本当にアホなおじさんが確定してしまったら、
「まぁ、でもけっこう助かったし、かわいいからゆるしてあげる。でもそういうひとはひとりでいいね」
と慰められて閃いたアイデアです。

つまり、ひとつのコミュニティに天然が2人以上いると、天然同士の争いに正常な人たちが巻き込まれて
組織が崩壊するということは、これまで経験的に知られていましたが
これを数理モデルで説明できる基礎理論が、実は流れを止めない適正在庫算出技術だということに気づいたのです。

ということで、私の研究課題はますます山積み状態がすすんでしまい、
とても、生きている間には全部の技術開発がむりそうです。

で、読者の皆さんへのお願いは、
このアイデアの種をもとに、どんどん技術開発をすすめて下さいということです。
もうすでに公開情報にしてありますから、特許をとることは誰もできませんから
みんなの共有財産としてご活用いただければ幸いです。

でも、周辺特許をかためて金儲けを企む奴らはゆるさんからな~(笑)


【m.m】

大切なのは過程です。
結果だけなら、ジャンケンでいい。
          〔羽生善治〕

2018年6月19日(火) 週刊 適正在庫の視点から Vol.205【まぁ、しゃあねぇか】

適正在庫の広場 TSCブログ
2018/06/19

【まぁ、しゃあねぇか】

 

先週号の「大切の大切をたいせつに」は、応用がひろがりそうです。

そのひとつが、コレ
「まぁ、しゃあねぇか」

今回の気づきは、ある友人との会話から生まれたのですが、
何気ない会話の中で、共通の知人の事が思い出されて
自分にとってはそれほど大切でもなくても
いま目の前にいる人にとってはとても大切な人である事に気づいて
無意識のうちに、口が勝手に動いて、発せられたフレーズなのです。

具体的には、
「となりの家のおやじさんにはむかつくけど、おっかさんにはガキの頃からお世話になっているしな、
今回の一件は、まぁしゃあねぇか、ゆるしたろ」
とか
「ずっと好きなひとがいて思い切って告白したら、そのひとにもずっと好きなひとがいて、
そいつは自分の敵で、息の根を止める寸前まで追い詰めたところだった。
でも、好きなひとの悲しむ姿をみたくないので、このへんでかんべんしたろか」

などというわけです。

赦すことは手放すことであり、
自分自身の心の平和につながりますが、それはなかなか難しいことだったりもします。
それが「相手への報復」という行動につながると、争いは止まらず、悪循環が生まれてしまいます。

「まあ、しゃあねえか」が、大切な人を媒介にして広がっていけば、復讐の連鎖にも歯止めがかかり、
世界から不毛な争いはなくなるような気がしています。

ホームステイや文化交流などから、「大切な人」のつながりが広まれば、
テロや戦争、差別意識からの民族紛争といったレベルにまで影響が及ぶかもしれません。

ダライ・ラマや、ローマ法王、、、が熱心に、赦すことの大切さを説けば説くほど、
もしかして、加害者の味方をしているんじゃないかという気がしていました。

「丸ごと赦して恨みつらみはなかったことに」よりも、
「まあ、しゃあねえか」がつながっていくことに無限の可能性があるんではないかと思います。

 

【やさしくあるこうよ】

あまりにも世界は広いから、私にとってどうでもいい人たちにも、それぞれにその人をどうでもいいと思わない人がいる。

そして私にとってどうでもいい人の中に、やがてどうでもよくなくなる人が出てくるかもしれない。
増えたり減ったり、満ちたり引いたりしている。

ーよしもとばなな『さきちゃんたちの夜』より

2018年6月12日(火) 週刊 適正在庫の視点から Vol.204【大切の大切をたいせつに】

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2018/06/12

【大切の大切をたいせつに】

 

なんだか、天才バカボンのパパみたいですが、
いま私が、流れを止めない適正在庫理論の研究過程で辿り着いた到達点です。

先週号の反響は凄まじく、特に身近な方々からのご意見・おしかりをたくさんいただきました。

「閃いちゃったよろこびからはしゃぎすぎ、
でもこれって、みなが普通にやってることじゃん」

に対しては、コペルニクスの地動説を挙げて
ホントにすごい発明・発見は、聞いた瞬間に当たり前のことだと思うのだ、と。

「いちいち、文章化して契約にする必要あるの?
そんなことしたら、かえってお互いの信頼関係をそこなうのでは」

に対しては、普通は穏やかでも感情爆発で過激な反応をする人を冷静にする効果はある、と。

などなど、いちいち反論したのですが、、、

みな、一様に不安な表情を示すことに気づきました。
ある方は、「こういう社会が実現したら恐ろしいことになるような気がする」とはっきりおっしゃって下さいました。

その意味が最初よく理解できなくて、
気持ちの悪い思いをしながら数日過ごしておりましたら、
何段階かの飛躍を経て辿り着いたのがコレです。

大切な人が大切にしている人を大切にしようとするだけで、
契約や法律や規範なんていらないじゃん。

ここで、”人”を”動物や植物に、さらにはモノや思想にまで拡げていくと
今週号のタイトルとなるわけです。

そして、その結果実現するのが、
でこぼこ社会・世界、つまり多様性の実現なのだと気づきました。

多様性を保った方が、生存戦略的に有利である。
とか、
世界の流れを止めない為に必要なのが、多様性である。

などと、理論や思想からトップダウンに展開するのではなく、
身近な大切な人から始めて、大切な人にとっての大切、さらにその大切と
その輪を拡げていけば、多様性のある世界は自然に拡がっていきます。

自分はクジラ肉が大好きだけど、親友は鯨と一緒に泳ぐのが大好きだ。
とか、
山登りよりもサーフィンのできる海の方が好きだけど、その海は自然の森林の助けを必要としている。
などという具合です。

そして、その結果として世界から不毛な争いや戦争がなくなるのだと思います。

私には、米国にも北朝鮮にもイスラエルにも中国、インドにも大切な友人がいます。
身近な友人や家族をたどっていけば、多くの人がそのネットワークに気づくことと思います。

本日の米朝会談を前にこんな事を考えておりますが、
ふと、気づいてしまいました。

これって、愛じゃん!

その不毛と欺瞞を論証することに躍起になっていた私ですが、
けっきょくこういうことになってしまいました(笑)

PS.キリスト教の愛だけでなく、仏教の縁起でもあるので、
「宗教と科学のコンフリクトをアウフヘーベンしたい」
というライフワーク研究の方向性が定まったように思いますので、
貴重な気づきを与えてくれた友人達に深く感謝しています。

 

【紫の花に詩を織る】

また、もし彼女が扉を開くまいと決めたならば、もちろん私は意図的なさぐりを入れて、無理にこじ開けることはもとより、ノックすることさえ考えてはならない。ディブスや彼女自身の事を聞くのは興味があるけれども、それよりさらに大事なのは、彼女自身に、奥深い神秘な内面の世界を有する権利を持った尊い一個人として尊重され、認識された、という体験を与えることなのだ。

バージニア・M・アクスライン「開かれた小さな扉ーある自閉児をめぐる愛の記録ー」より

註:アクスラインは「遊戯療法」を創始した心理学者であり、ディブスは彼女のクライエントのことである。