第16回(通算74回)「流れを止めない適正在庫2.0」の定義 

 

 

【生命を新しく定義してみます】

宇宙ステーションでの新薬開発の為の実験動物を供給するビジネスを展開している方に、「生命とは何ですか」と尋ねました。

宇宙という科学技術のフロンティア現場では、どんな生命観をお持ちなのかを知りたかったからです。また、実験動物を生産するためにはクローン技術や遺伝子操作など、生命科学のフロンティアにも近く、更には実験後の処分の問題など、生命倫理の境界付近にもいらっしゃるだろうと思ったからです。

回答は「科学的な定義は、自己増殖するものということになっています」ということでした。

その場では、なるほどと納得したのですが、後になって、それではロボットに製造されるロボットは既に生命と言えてしまうのではないかと、さらに疑問が深まりました。人工物は除外するという条件を付け加えると、動植物の人工交配にはじまり、クローンや遺伝子操作までのどの段階から人工物であるという線引きをするのかという問題が生まれてしまい、疑問は疑問を生みどんどん深みに入ってしまいました。

質問をしたのはあるパーティの場であったのですが、ほろ酔い気分での帰宅電車の中で、ふと思いついたのが次の新定義です。

【循環しながら続いていくもの】

植物も動物も、子孫を残して生命が継続していきます。そしてその違いは何かというと、循環サイクルの長さにしか過ぎないのではないかと考えたわけです。つまり、人間のサイクルは80年位で犬だと12年、ゾウなら150年でしょうか。身近な植物の多くは1年サイクルですが、樹木だと何百年になることもあります。

この考えを上下方向に拡張して、ビッグバンからの数百億年サイクルで循環するのが物質生命で、霊的生命すなわち魂も輪廻転生しながら循環すると考えると、とても素敵なことになります。

そして、植物より動物の方が高級で、その中でも人類は最も偉いなんていう価値観が根拠を失います。その違いは単なる循環サイクルの長さの大小ということになるからです。植物実験は許されるけど動物実験は駄目、特に高等動物は絶対駄目という価値判断問題の延長に現れるマイノリティやコミュニティの内外(うちそと)問題などにも影響を与えることになり、震源がとても深い地震のような定義と言えます。また、遺伝子組み換え食品を避けるべき理由は、生命操作を悪とする倫理観からではなく、安全性の検証が不十分だからであるとすべきという見解も導かれることになります。

ここでも、流れを止めない適正在庫の理論の出番となります。つまり、循環しながら続いていくという“流れ”の定量化技術が活きてくるからです。

【競争の意義を再定義してみます】

競争するということについて考えてみると、生命は生存競争を繰り広げており、いま生きているということはその競争に負けないで生き残ってきたという事を意味していますし、企業間競争によって品質向上・生産性向上が進んだおかげで、今日の我々は豊かな生活を享受しているわけですから、自分をめぐる男たちの争いを嘆いて井戸に身を投げた”真間の手児奈”のように、競争自体を悪と考えるべきではありません。

とすると、「他人の競争」から利益を得る人々の存在を問題視する必要があるように思えます。なぜならそういう存在は自己の利益のために必要のない競争を助長することになるからです。競争を争いごとととらえると、軍需産業はその代表格と言っていいでしょう。販売競争を飯の種とするのは広告業界ではないかと思います。さらに広告収入に依存するメディア業界も仲間ということになります。

私は現場改善コンサルもやりますが、作業方法を改善して省力化をすすめて人件費節減でコスト削減し、売価低減によってライバル会社に勝つというというのはNGだけど、作業改善によって現場作業者を楽にして職場環境を良くしようというのはOKになるのかもしれません。

また、企業間競争による生産性向上の意味は、全世界の供給能力と需要量の逆転によって変わってしまいます。モノ不足の時代は競争による生産能力拡大が善でしたが、モノ余りの時代になると競争はライバルの蹴落としや、不要なモノを売りつけるマーケティングとして、マイナス側面が拡大するからです。

そしてここでも、需給バランスの局所的な偏りを測定する、流れを止めない適正在庫理論の登場となります。

【「適正在庫」の定義を再掲します】

 

本掲載の第9回で示した定義を、少し変えて再掲します。
<流れを止めない適正在庫2.0の定義>

モノの流れを止めない為に、サプライチェーン上の各点で最小限保有すべき在庫量。

※各時点で適正性在庫を保有した結果実現される在庫水準を適正平均在庫と称する。

この新定義によって、多すぎず少なすぎずという2軸判断から、流れを止めないという1軸に統一されたことで、在庫管理業務のダブルバインド状態が解決したのですが、もう1つ重要な内容が含まれています。

それは、“各点で”という表現に示されるように、適正在庫は時々刻々変化するという新概念です。つまり、出庫時刻の直前に出庫数だけ入庫されることを理想状態とする新しい考え方に基づく適正在庫になります。現実には出庫時刻も出庫数も事前にわかることがありませんから、その誤差を吸収する安全在庫が必要になります。

そして、必要とされる安全在庫数は入出庫の都度更新計算される必要があるということになりますから、コンピュータによる自動計算が必須となるのです。

 

月刊工場管理連載「適正在庫の広場」  勝呂隆男
http://www.tscinc.co.jp

第15回(通算73回)マイナス消費税という発想転換

【在庫の歴史観】

大昔のことですが、在庫をたくさん積み上げるためにどんどん生産拡大に励んだ時代がありました。その後、在庫削減の時代を経て、適正在庫の時代になりました。そして、これからは「流れを止めない適正在庫」の時代になります。

土地・建物の在庫である不動産の世界でも、同じような変遷がおこっています。昔、保有することがあこがれの的であった別荘の多くは、今や不良資産になって維持費や税金負担がかさむのに転売先も見つからないので二束三文で投げ売りされるようになってしまいました。

知識・情報も同様で、多くの情報が提供されることは良いことだという価値観の下、ラジオ・TVの多チャンネル化に始まり、インターネット・SNSの時代になってみると、世の中にはフェイク・ニュースが溢れてしまい、ホントにこれで良かったのかと多くの人々が疑問に思い始めています。人工知能(AI)についても、沢山のデータを与えて自力学習させればいいかというとそうでもないようだという気づきが始まっています。きちんと整理・整頓されたデータや、価値ある情報を与えないと、役に立たないどころか人類全体に害を及ぼすようなAIが出現してしまいそうです。

いちばん大切な人的資産についてはどうでしょうか?SNSの友達を増やすことで、つながり拡大を皆が競った時代はとっくの昔に終わり、自分にとっての心地よいSNSコミュニティづくりが大切だということに多くの方々が気づきはじめています。ただし、健全なコミュニティを維持するためには、新しい友達獲得と親交のなくなった旧友整理の両方が必要なようで、ここでも流れの維持が重要な方策となるようです。人口問題としては、先進国になると少子化が進みますが、これを緩やかな微増維持状態に持って行くことが重要なように思います。

 

image1

 

【make to stockを知っていますか】

「見込生産」に対応する英語は「MTS」ですが、何という言葉の略語なのかを知っている人は少ないでしょう。「make to stock」が正解で、今手元にある APICS Dictionary(TENTH EDITIO)の定義には、見込み生産の内容が示されているのですが、「make to stock」を直訳すると「在庫するための生産」になってしまうところが、今日の我々には奇異に感じられます。この英語の用語がいつ頃成立したのかまでは調べがつきませんが、おそらく在庫は大事な資産でありたくさん保有しようという考え方が支配的な時代につくられた用語ではないかと思います。

そもそも在庫に対する価値観は次のような変遷を辿ってきました。

①安心の源の誕生(農耕生活の開始)

②大切な財産(どんどん増やせ)

③在庫は悪だ(無在庫経営が理想)

④多すぎず少なすぎない適正在庫(均衡解の追求)

⑤流れを止めない適正在庫(システム最適化)

振り子が右に振れたり左に振れたりして段々真ん中に収束するように、在庫に対する価値観も段々と収束するように思えます。そこで、モノの在庫資産に対する価値観の変遷を辿ることで、資産全般の価値観変遷を考察しようと思います。

蓄えることができるようになると、まずは各人の欲望のままに「たくさんあることはいいことだ。とにかく生めよ増やせよ」という段階に突入します。これが競争をうみ、皆が頑張ることで世界全体の資産量が増えます。ところが、これがいきすぎて供給過剰の時代に突入すると、在庫資産はリスクになりますので、一転して「在庫は悪だ」という価値観に変わっていくわけです。すると、今度は各人がいかに少ない在庫でうまくやっていくかの競争の時代となります。これが、ついこの間までの「在庫削減の時代」です。けれども、これも皆が同じように在庫減らしに走ると、供給が滞って売上が伸び悩むだけでなく経済全体も縮小してしまい、皆が不幸に陥ります。目先の利く会社は、方向転換を既に始めていて、自社の在庫適正化に取り組んできました。そして、次の段階としてサプライチェーン全体の在庫資産最適化を模索し始めている。現状は、ざっとこんな感じでしょうか。各種資産に対する価値観の変遷の行く末も見えてきたように思えます。

【電子マネーの可能性】

システム工学的に見て、人類の発明した最も重要な人工物は「お金」ではないかと思います。このシステムがIoTによって今大きな転換期を迎えています。そこで、お金を在庫に見立てて、金融資産の価値観の変遷を考えてみたいと思います。

貨幣の誕生以来、ずっと「多ければ多いほど良い」という価値観で続いてきましたが、これが変わりつつあります。各人が自己の金融資産を増やすことについては、それでホントに幸せになれるのかという疑問はありますが、欲望を否定して禁欲を強いるのはかえってマイナスとなりますので、保留とします。大事なのは、世界の金融資産総量コントロールです。モノの在庫でも、生産能力の拡大によって供給過剰となった時点が転換点になりました。金融資産も同様ですが、現在のマネーはドルも円もユーロも元も金兌換制を敷いていない点において全て仮想通貨であり、供給量に物理的な制約がありません。ですから、資産量コントロールによって流れを止めないことが重要になるのです。

どうやってコントロールするのかというと、これまでは金利の上げ下げと税金でコントロールすることが中心であったように思います。日本経済が長らく患ってきたデフレはお金の流れが滞ることですから、金利の上下だけでは制御しきれなかったことがうかがえます。金利は在庫量の大小で決まるので、マイナス金利でも効果は薄かったようです。消費税はお金を使えば使うほど資産がマイナスになりますから流れをつくる意味では逆効果です。さて、どうするか、と悩んでいたら、かつて銀行で融資を担当していた妻が、「電子マネーのポイントは使えば使うほど増えるわよ」とポツリ。なるほど、多くの電子マネーはお金を使うとポイントがつくシステムを導入しています。マイナス消費税とでも称すべき大きな発想転換です。

さらに電子マネーになれば、使用期限を定める等自在なコントロールが可能になります。そして、そのコントロール技術の核になるのが、「流れを止めない適正在庫」なのです。

 

#安全在庫 #TSCテクニカルソリューションズ #適正在庫の広場 #マイナス消費税という発想転換

第14回(通算72回)未来の基軸通貨

【ゾウの時間、ねずみの時間】

「自分の身体に合わせて呼吸するのではなく 呼吸に合わせて身体を調整せよ」

これは、スキンダイビングのインストラクターに教えていただいたことですが、その方いわく、本で読んだ知識ではなく、自身のダイビング体験から自然と習得したノウハウだということでした。

実際、スノーケルをつけて海に潜って泳いでいると、月の引力による潮の満ち引き、太平洋の彼方からのうねり、沖の漁船からの波、あるいは側にいる仲間からの水流など、流れに合わせて呼吸が進むことが分かります。その呼吸に合わせて身体を整えることで、心身が楽になり無理なく潜水できるのです。

この波のサイクルですが、海辺で観察すると、平均して1分間に18回押し寄せていることが分かります。そして、人間の平常時の呼吸数もこれと同じであることを最近になって知りました。呼吸というのは、地球のリズムに合わせて行われるものなのですね。

この呼吸数を4倍すると72になるのですが、この値は、平常時の人間の1分間の心拍数です。そして、ほ乳類の生涯心拍数は20億回で一定だという仮説があります。『ゾウの時間、ねずみの時間』(本川達雄薯)という本で知りました。ゾウのように身体の大きな動物は心臓の鼓動もゆっくりなので長生きをし、ねずみのように身体の小さい動物は鼓動が早く短命なのだという説明です。

20億回を平常時の人間の心拍数72で割った値を、365で割り、それを24で割り、更に60で割り算すると、約53となりますから、織田信長の時代に人生50年と言ったのは正しいのかなとも思えますし、眠っている時間の心拍数低下や個体差で補正するともっと正確な値になるのかなとも思えますが、標準寿命が生涯心拍数で決まるというのは、とても魅力的な仮説です。

【スマートウォッチに注目】

私のエンジニアとしての出発点はIE(インダストリアル・エンジニアリング)なので、ストップウォッチにはこだわりがあります。標準時間設定のための時間測定に使うのは、1分間を100分割するデシマルウォッチです。時間を集計するのに、そのほうが計算が楽なからですが、IEr(IEエンジニア)はやっぱりデシマルウォッチだろ〜って今でも思っています。新入社員の頃に、それまでのアナログ式ウォッチの先輩お下がりではなく、最新デジタル式の新品を買ってもらったときはとても嬉しかったです。独立時に個人で購入した、SEIKO S039-4000は、今でも宝物です。

というわけで、最近のスマートウォッチはとても気になります。スケジュール管理やメール受信機能がついているくらいのときは全く魅力を感じなくて、アスリート向けに心拍数や体温、歩数などの測定機能が付加させるようになって注目するようになり、最近の決済機能付モデルの登場でやばくなりました。私の要求スペックからすると、更に長期間のライフログ機能がついてくると、いよいよ試してみようかなの段階になります。

冒頭のスキンダイビングの趣味だけでなく、サーフィンやカヌー、トレッキング、トレラン、登山も大好きなアウトドア派・自然派ではありますが、一方で、パソコン小僧でもあり、ITガジェットコレクターで、人類のサイボーグ化にも否定的ではありません。ジェミノイドFという美人アンドロイド女優に、恋してしまった経験もあるくらいです。

【生命通貨の概念とその利用方法】

個人的な印象ですが、仮想通貨と呼ばれるビットコインなどの基礎技術であるブロックチェインとIoTの結合によって、新しい貨幣制度に移行する時代が近づいているように思えます。経済の仕組みが大きく変わりますので、われわれモノづくりに携わる者にも影響は大きいと思います。貨幣の機能には、支払、価値尺度、蓄蔵、交換手段の4つがあり、全ての機能を備えた貨幣は文字社会の誕生以降という事ですので、だいぶおおざっぱではありますが、次のような歴史観を持つことができます。

250万年前 人類誕生

3万年前 農耕開始=在庫の誕生

6千年前 通貨の誕生

2千年前 近代宗教の誕生

400年前 近代科学の成立

現代 適正在庫2.0(笑)

XX   生命通貨の誕生

ここで、「生命通貨」と称しているのが私の提案で、現在の基軸通貨を、生命量=生涯時間数に置き換えようという発想です。在庫の事を研究していると<腐らない在庫>というのが、自然の流れに反する諸悪の根源になっているように思えます。在庫は悪だ、ではなく、腐らない在庫は悪だ!というわけです。

腐る、つまり有限の寿命があって、万人に等しく分け与えられているものは何かというと、時間であり、生涯時間ということになります。適正在庫の基礎理論たる「時間場の理論」によれば、時間は相対的なもので、存在物それぞれが時間を持つことになります。先に述べたように、生涯鼓動数20億回が各人の持つ時間ということになりますから、スマートウォッチで測定された鼓動回数を基に、ライフログ機能を付加することで、ある能力を習得するために費やした時間総量までを含めての価値尺度計算機能を持たせ、その支払、交換、蓄蔵までをスマートウォッチで行うというアイデアです。メディアによる拡散効果と能力習得時間までをカウントすると、それが「付加価値」の新定義になります。

以上のアイデアを具現化するための、技術が適正在庫2.0であり、基礎理論としての時間場の理論というわけです。電機メーカーの凋落や電気自動車の戦略ミスで日本経済の行方に暗雲が漂っていますが、もしかしたら、適正在庫の技術から新しい未来が切り開かれるかもしれませんね。

 

#安全在庫 #TSCテクニカルソリューションズ #適正在庫の広場 #未来の基軸通貨

第13回(通算71回)新・ジャスト・イン・タイム

「メロスは激怒した。」

太宰治の「走れメロス」は、この書き出しで始まり、以下に続きます。

「願いを、聞いた。その身代りを呼ぶがよい。三日目には日没までに帰って来い。おくれたら、その身代りを、きっと殺すぞ。ちょっとおくれて来るがいい。おまえの罪は、永遠にゆるしてやろうぞ。」

「太陽も既に真昼時です。あれが沈んでしまわぬうちに、王城に行き着くことが出来なかったら、あの佳い友達が、私のために死ぬのです。」

妹の祝言のために刑執行の猶予をもらった王との約束は、3日後の日没までに戻ることでした。それまでに帰れなかったら、身代わりを買って出てくれた親友セリヌンティウスが処刑されてしまうという物語です。結末は皆様ご存じの通りのはっぴぃえんどです。

私がこの物語に感銘を受けたポイントは、「日没までに」というところでした。3日後の18時30分などというように時間ではなく、日没と指定しているところが、ツボにはまったわけです。

時間場の理論によれば、時間の起源は太陽が昇り・沈み、そしてまた昇るまでを1日としたことにあります。次いで、月が欠け・満ちる期間を1ヶ月とし、春に始まり夏秋冬を経てまた春が来るまでを1年としました。つまり、天体の運行がそもそもの時間であり、日時計に始まる時計は人工的にそれらを分割した時間を示すだけのものだからです。

そして、「適正在庫2.0」も時間のとらえ方、つまりリードタイムの考え方を、入庫、出庫、倉入、払出…というイベントの区切りに基づくカウントとしているのです。

なので、期限の設定は時計の示す時刻ではなく、イベント、つまりメロスの場合は日没とするのが正しいと考えたわけです。

 

【ジャストインタイムが大事】

以下のような、安全在庫算出の古典理論式があります。

ss=k√Tσ

ss:安全在庫

k:安全係数

T:リードタイム

σ:需要量の標準偏差

これは、次元解析により科学的に誤りであることが証明されてしまった過去の遺物の計算式なのですが、この理論式を根拠として

「リードタイム短縮で在庫削減を実現できる」

という俗説が広まったように思います。

ところが、顧客の要求納期日数よりもリードタイムを短くできれば意味がありますが、そうでなかったら現場を苦しめるだけの結果となります。

注文を受けてから生産を始めて要求納期に間に合えば、在庫を持つ必要がなくなりますから、確かに在庫削減することができます。しかし、その見込みがないのに、とにかくリードタイムを1秒でも短縮しようという改善活動には合理性が無いことになるのです。

では、何が肝心かというと、入出庫タイミング、つまり入庫と出庫のどちらが先かという先行関係が大切なのです。0.1秒でも出庫の前に入庫がされれば欠品になりませんが、0.1秒でも遅れれば欠品になるでしょうという論理です。実際の現場実務では、そんなに厳しくなることはありませんので、日単位ぐらいの運用にはなるとは思いますが、大事なのはどっちが先かという点です。

要は、リードタイムの時間の長さではなく、ジャスト・イン・タイムが肝心であるということがわかります。

【どの時点の在庫かで適正在庫を判断する】

だいぶ以前の話になりますが、ある大手鉄道会社の補修部品の在庫管理の技術指導にはいったことがあります。そのとき、工場の助役さんから

「年度末の3月31日の在庫を最小化する技術を開発して欲しい」

と言われ、

「在庫削減は平均在庫を減らすことが大事なので、そんな決算対策だけのための在庫削減は邪道です」

と偉そうに言ってしまいました。けれども、今になって考えると、助役さんの方が正しくて、私は間違っていたなと反省しております。

結局、渋々ながらも技術開発に取り組んだところ、それが成功して、大手化学メーカーの定修(定期補修)前の在庫積み上げ量計算に使われるようになり、いまでは適正在庫技術指導の大事な武器となっています。ですから、そのときの助役さんには謝らなくてはならないだけでなく、感謝もしなくてはなりません。

このように、在庫が適正かどうかという判断は、<どの時点の在庫か>という視点を抜きにはできないいというのが最新の研究の示すところです。

株価維持のための財務体質改善が目的ならば、まさに決算期日の3月31日在庫を最小化するというのは正しい判断だということになります。

欠品により顧客にご迷惑をかけたくないのであれば、顧客の求める納期までにお届けできれば十分ということになります。

一方、キャッシュフロー改善を目指すのならば、モノの在庫適正化だけでなく、支払サイトと入金サイトまで含めた改善を進める必要があるわけです。

以上のまとめとして、昨年公式定義として示した適正在庫の定義を以下のように更新しようと考えます。幅広い方々からのご意見を頂戴いたしたく、どうぞよろしくお願いいたします。

 

<適正在庫の定義2.0>

モノの流れを止めない為に、サプライチェーン上の各時点で最小限保有すべき在庫量。

補足:各時点で適正在庫を保有した結果実現される在庫水準を、適正平均在庫と称する。

第12回(通算70回)ダブルバインドからの解放がもたらす生産管理

【ダブルバインドという無理難題】

心理学用語にダブルバインド(二重拘束)という言葉があります。これは、「二つの矛盾した命令」を受け取った側(子供)が、その矛盾を相手(親)に指摘できないのに、自分(子供)は相手(親)に応答せざるを得ないような状態をいいます。

お母さんが夕飯をつくっているときに、近くで遊んでいた子供に「宿題はちゃんとやったの?勉強しなさい!」と声を掛けたとしましょう。子供は素直に従って、勉強部屋に入って宿題を始めます。そこへお母さんがやってきて「お母さんがこんなに忙しく仕事しているのにお手伝いもしてくれないの!?」と叱る。このような状況がダブルバインドです。

この時お母さんは、もしかしたら、お父さんから急な飲み会の連絡が入って、せっかくごちそうをつくっていたのにおじゃんになってむしゃくしゃしていたのかもしれません。何か嫌なことがあって、誰かに当たらずにはいられなかったのかもしれません。けれども、そんな事情とは関係なく、子供にとってこれは災難です。子供はどうしたらいいのか分からず、頭が混乱してしまいます。

こうした現象は、昔は精神分裂病と言われていた、統合失調症の患者の家族間のコミュニケーションによく見られたことから、この精神病の発症原因とする学説もあったそうです。確かに、二つの矛盾する命令を下され、どちらに従っても叱責されるとなると、精神は分裂してしまうのかもしれません。

このダブルバインド、モラルハラスメントの加害者の武器としても使われます。上司は部下に察して動くことを強要したうえで、何もしなければ叱り、行動が意に染まないとこれまた叱責されるという状況のようです。忖度を求めるというのも同じ部類でしょうが、このような心理メカニズムを知っておくことで、被害者になることが防止できるかもしれません。

【モノづくりの周囲における環境の良さ】

私は、大手メーカーの生産技術研究所で14年間のサラリーマン経験があるので、モノづくりの仕事をされる方とおつき合いするのが一番ほっとします。つまり、本誌の読者のような方に親近感があります。

約20年前に中小企業診断士と技術士の資格を取得して、コンサルタントとして独立起業してからは、さまざまな業種の方々とおつき合いするようになりました。その経験的な感覚からその理由を自分なりに分析してみると、モノづくりに携わる方々には次のような良いところがあるからだと納得できます。すなわち、「ルールや約束をちゃんと守り、嘘をつかない」ということ。そして「いつも目標や目的を明確に示す」という習慣が根付いていることが挙げられます。時間厳守というのもその中に入ります。

普段、田舎道では歩行者信号が赤でも、左右の状況判断で渡ってしまう私ですが、工場の中に入ると無意識に歩行区分線に従い、緑色の歩行ゾーンからはみ出すことは決してありません。各人が決められたとおりに行動しなかったら、モノは正しく出来上がりませんし、他の工程に迷惑をかけることがはっきりしているからです。

目標・目的が明確に定められている仕事環境はとても気持ちのいいもので、製造現場にはハッキリとした品質目標や生産高目標が掲げられています。この良好な精神環境が現場で働く方々の心にも良き影響を及ぼしているのではないかと思います。

一方で、工場の外には不確実な世界が拡がっております。それでも、工場の外側と内側の境界の仕事をしている部門の方々のおかげで、工場内部では整然とした環境が保たれているわけです。そして、その最たる仕事というのが、生産管理なのではないかと思います。

【一元指標としての、流れを止めない適正在庫】

サラリーマン時代に、工場に出向いていろいろな部門の方々といっしょに仕事をしたときの経験から言いますと、コミュニケーション能力の高い人は生産管理部門の方に多かったように記憶しています。逆に考えると、コミュ力が高くないと生き残れないとも言えます。真面目すぎて相手のために一途に頑張ってしまう若者は、精神的につまずく事が多く、どこかのタイミングで他部門に移っていくのを何度か目撃したことがあります。

内外の境界の仕事というのは、相矛盾する要求を受けて、自社内でなんとか解決するなり、相手に難題を納得してもらって仕事を進めることになりますから、それだけストレスも高まるわけです。そして、相反する要求が数値としてハッキリ現れるのが、在庫というわけです。

営業からは、もっと在庫を持ってくれと言われるのに、製造現場や経理・経営部門からは在庫削減を求められるのが、生産管理業務における在庫管理の特徴です。MRPが日本に導入された頃によく言われたのが、Ill Structured Problem という言葉で、生産管理の仕事は複雑で悪構造な仕組みなので難しいのだという主張でしたが、在庫視点でみると問題点は単純で、増やせと減らせの相矛盾する要求をされるという点につきます。つまり、仕事そのものが<ダブルバインド>であったというわけです。

適正在庫理論もこれまでの研究では、在庫削減と欠品防止の同時実現を掲げていましたので、ダブルバインド状態からは抜け出せていなかったことになります。技術の力でなんとか不幸な状態を緩和しようとしていたわけです。それが、ここへ来ての新発見である「流れを止めない適正在庫2.0」により、流れを止めないために保有する在庫という一元的な基準で適正在庫を決められるようになりました。

適正在庫2.0は、ダブルバインドという足かせをはずされ、足取りも軽くすくすくと育っていくと期待しています。