第31回(通算89回)流れを把握・検知するダリ・アンプの応用

【なんとなくヘンだ!を大切に】

この原稿を書いているのは年末なのですが、私が還暦を迎えた昨年2018年は厄年そのものの1年でした。新年早々に首筋を手術したのを皮切りに、春にはノドの手術、夏には老眼の急進行で眼鏡の大リストラをし、秋になると頭皮に緊急通院治療で、年末最後にはとうとう緊急入院までしてしまいました。

結果的にすべてことなきを得まして、「結果よければすべてよし!」状態ではあるのですが、振り返るとかなりヒヤヒヤものではありました。ひとつ間違えれば植物人間状態となった可能性もあり、この原稿も書けなくなっていたかもしれないからです。

そんな危機の連続のような状況を、ホイホイとくぐり抜けられて来られたのには、ハッキリとした理由があります。それが章題に示した「なんとなくヘンだ!」なのです。

実はこれ、流れを止めない適性在庫値を計算する際に重要なファクターとなる「流れの測定」の核心技術たるダリ・アンプを、自分自身の体内に向けて運用した成果です。そこで、ここでは身近かつ自身の生命をかけて実証してしまったこの技術を、地頭思考で解説したいと思います。

あと、忘れるといけないのでここで言っておきますが、「なんとなくヘンだ!」と感じること、そしてその感覚を常日頃から尊重されることをオススメいたします。口に出す必要はなく、頭の中でいろいろと考えを自由に巡らすだけなので簡単です。この「なんとなくヘンだ!」という感覚に私は何回も救われています。

 

【アンサンブル気象予報と仮想確率推論】

以前も触れましたが、食品廃棄ロス削減を目的とする経産省の国家プロジェクトにおける気象庁や気象協会のエンジニアの方々との楽しい交流で教えていただいたのが「アンサンブル気象予報」技術です。近年の気象予報制度のめざましい向上はスーパーコンピュータのおかげで、最近の気象予報はこれを駆使して、メッシュ分割された大気空間内の分子運動1つひとつを運動方程式で予測計算するのだそうです。メッシュ分割の分解能をあげて予報制度を向上させてきたのだとのことです。20km四方のメッシュでは、海岸線の海側と陸側を分けて計算することはできませんが、これを20km四方まで分解能をあげると海陸を分割しての計算が可能になり、それを実現可能にしたのが、スーパーコンピュータの性能向上と廉価化なのだということでした。

大気中分子の運動方程式を解くと、分子1つひとつの時系列変化をシミュレーション予測することができますが、その初期値の設定がミソとなり、実測値を充てることは現実的に不可能なので、複数の値を人工的に割り当ててこれを種とします。そして1つひとつのシミュレーションの結果地のバラツキを採って、その統計を代用変数として、翌日とか1週間後とかの時点における大気状態を予測する。これがアンサンブル予測なのだという説明でした。

初期値たる“種”同士の違いはわずかなのですが、時系列変化を追っていくと、次第に相互の違いが拡大していきます。

「最初は些細な違いでも、時間の経過とともに相互の相違が拡大する」

この原理を一部応用し、予測方向を示すベクトルをフィードバックとフィードフォワードに分けて仮想確率計算技術を加えて開発されたのが、ダリ・アンプであります。つまり、種のわずかな相違を増幅する(アンプリファイアリング)手法がダリ・アンプということになります。

流れを止めない技術は、在庫ポイントを中心とする「入」と「出」のデータだけで、適正在庫値を計算可能とするもので、これまで苦労して収集してきたリードタイム測定を不要とする点に新規性が認められて、特許証の到着を待つばかりになっています。

 

【流れを止めない技術の使い方】

これまでにこの連載でも再三再四述べてきたように、在庫の定義を拡張していくと、サプライチェーン内の物品の流れだけではなく、金融取引における資金の流れや、送受電網におけるエネルギー流、あるいは情報データの流れなどにも応用可能な技術になることは容易に想像できます。もっとファンタジックに、ハピネスやストレスなどにも適用できるかもしれません。

となると、もしこの技術の特許がホントに成立すると、IoT時代における世界OSの基本技術の座を占めることになるかもしれません。トヨタ生産方式が郵便局やハンバーガーショップの業務改善に貢献したことは有名ですが、それに近い役割を果たせるかもしれないのです。われわれのモノづくりの場から生まれた技術が世界を変革できるかもしれないと考えられることは、喜ばしい限りです。

しかし、技術には両面があるもので、正しい方向に発展させていかないと、自分たちの首を絞めることにもなりかねません。また、多くの方々のご協力やご支援がなければ発展は難しいでしょう。つまりこの技術を公共のものとする場が必要であると、私は考えます。また、適正在庫値と同様に適正値がわかっただけでは意味がなく、それを維持していくノウハウも大切です。

というわけで、私にとって一番身近な存在である、工場管理の読者の皆さんのご協力を、今後ともよろしくお願いします!というのが、今回の結言となります。Join hands!

第30回(通算88回)本当にに美味しい平飼い卵はどこにある?

【太郎くんの目玉焼き】

この連載をリニューアルして最初の記事で取り上げたのが、冷蔵庫の中の卵の在庫管理でした。この記事では、毎朝朝食に目玉焼きを自炊している太郎君(若き日の私がモデルです)が、新鮮な卵を食べるための在庫管理をどうしたら良いかという設問で、発注点管理における適正な発注点はいくつになるかという問題に際する考え方を説明したのですが、この設問は20年ほど前に講師を務めた、日本IE協会主催の技術セミナー「適正在庫の理論と実際」の第1回から、現在私が講師を務めるセミナーに至るまでの定番演習課題になっております。

世の中に「適正在庫」の考え方とキーワードが広がり始めたのはこのときが初めてでしたので、「卵の在庫管理」は、まさに流れを止めない適正在庫理論の原点であるわけです。

 

【平飼い卵はおいしいのか】

太郎金の時代から30年以上を経た今でも、私は朝食の目玉焼きを自分でつくっております。子供時代は、庭外ニワトリの産み落とした卵を集める仕事が私の重要任務で、あるときなどニワトリ小屋の前に腹ばいになって産卵の瞬間を観察し続けたこともあります。

散乱するとすかさず私は小屋の中に押し入り、大騒ぎのメンドリたちをかき分けて進み、最後は雄ドリとの対決を経て、新鮮そのものの暖かい卵をゲットしたものです。

普段は庭に放たれて、虫やミミズや草や、時には庭の畑の野菜などの中から自分で選んだエサを自力で獲得して食べているニワトリの卵には野生の力がみなぎっています。それはそれはおいしゅうございました。もちろん卵をおいしくする祖父直伝のエサも与えておりましたから、完全な野生ドリではありませんでしたが、どっちを選んで食べるのかはそれぞれのニワトリの自主性に任されていたので、野生(自然)と人間(文明)の共存が成立していたと考えられます。

というわけで、本当においしい卵の味を知っている私としては、最近巷で話題の「平飼い卵」がとても気になり、早速リサーチをしました。その結果、わかったことは以下の通りです。

①言葉の氾濫と混乱
友人から「平飼い卵」を勧められてスーパーに行くと、他にも「放し飼いたまご」、「放牧卵」など、類似名称の卵が氾濫していました。スーパーの店員さんに尋ねると「さあ…。一番高いやつなら間違いないのではないのでしょうか」とのご返答。そこで、購入を保留してグーグル先生に聞いてみることにしました。
すると、ネット上ではさらに言葉の混乱に拍車がかかっていました。さまざまなブログや協会が出てくるのですが、複数の主張相互の整合性チェックをすると不適合が見つかりましたので、どれが本物なのかまったくわからなくなりました。これは、「適正在庫」キーワードの現状と同じと言っていいと思います。

②高い卵ほどまずい
こうなったら、地頭アプローチよろしく地味覚アプローチとばかりに、スーパーで全種類購入して全部を食べてチェックしました。賞味期限を揃えて、生卵、目玉焼き、ゆで卵の3種類の調理方法で確認しました。その結果わかったこのは、豪華包装の最高価格の卵が一番まずいということです。これはさらに鮮度表示にも問題があるようで、目玉焼きの黄身が崩れてしまうこともありました。

「平飼い卵」名称を使っているものは最安値で、それなりにおいしかったのですが、平飼いの定義が、「日照時間内一定比率時間以上の小屋外身体運動」とされていて、実現不可能な厳密管理・定義にかえって不信感が生じてしましました。これでは、ニワトリは楽しい散歩ではなく強制的に身体運動させられている現代奴隷状態であり、平飼いの精神に反するのではないかと思ったからです。

③ニワトリの幸せが一番
そんな中で、ダントツにおいしかったのが2番目に安い放し飼いたまごでした。そのおいしさに感激して生産者に問い合わせたところ、電話に出た事務員の女性が嬉しそうに説明してくださり「もっと詳しいものから後ほどご連絡させます」とのことで、ホントかしら?と待っていたら、本当に電話がかかってきて懇切ていねいに教えていただきました。

そしてわかったことは、この生産者はブームになるはるか以前の30年前から放し飼いをしていて、その基本は「ニワトリの幸せを一番に考えている」ということでした。なるほど、働いて下さるニワトリさんの自由意志を認めて幸福な日常生活を送ってもらうことで、消費者は最上のの卵を得ることができ、生産者の経営も成り立つという構図なわけです。もちろん、おいしい卵生産ノウハウの詰まったエサも与えているけれど、自力獲得の虫などとどっちを食べるのかは、それぞれのニワトリの自主性に任されているとのことでした。

 

【悪貨は良貨を駆逐する】

ここで、3ヶ月前の連載「流れを止めない適正在庫の見える化」に戻ります。天動説を唱えたコペルニクスが登場した記事ですが、この人は章題に掲げた「悪貨は良貨を駆逐する」という経済現象の第一発見者でもあります。金・銀の含有比率を正しく守った良貨が、後から含有比率を偽って発行されたニセ貨幣たる悪貨が流通するようになると、そちらの流通量が増えることにより、次第に駆逐されてしまうという現象であります。

つまり、先の放飼を30年以上前から始めていた良心的な生産者が、後からブームに乗って大手流通をバックに参入してきたまずい卵に駆逐されるのではないかと、ひそかに心配している今日この頃です。賢明なな読者諸氏ならすでにお気づきのことと思いますが、ホンモノはここにしかないということであります。

第29回(通算87回)「流れを止めない適正在庫理論」のナウシカ

【ジゼル・ヴィエンヌの人形劇】

ハロウィン騒動は年々激化しているようで、今年はついに逮捕者まで出てしまったようです。特に東京渋谷のハロウィンに集う若者たちは普段は会社で真面目に働いていて、この日ばかりは日頃のうっぷんを晴らすごとく大暴れするようですので、工場管理者のご参考になるのではと考えて注目していたのですが、ちょうどタイミングよく、若者の群れの興奮を描いた舞台作品が、京都国際舞台芸術祭で上演されました。

フランスの女性演出家ジゼル・ヴィエンヌ作の『CROWD』という作品で、フランスの批評家協会最優秀賞受賞作です。東京の日仏学院で開催された彼女のワークショップでお目にかかり、「時間劇の理論」(本連載第57回「工学的時間論」の発展形)と同様に、時間の相対性に注目していることを知ったので関心を抱いていたところでの上演でした。この作品、フェスティバル/トーキョー(F/T)の現代プログラム・ディレクターとして東京オリンピック招致を成功に導いた、芸術公社代表理事・相馬千秋氏をして「ジゼルはこれまで出会った中で最高にクレイジーな天才美女。1年前パリで観劇したが、脳内が覚醒しまくる危険な経験をするほどの傑作でした」と言わしめたもので、21世紀のヨーロッパを舞台に、若者たちの間に突然広まった伝染性の狂気を描いています。

本公演を観ることはできなかったのですが、ワークショップで拝見したハイライトシーン映像で、舞台上に狂ったように踊り狂う若者たちの2つの群れが現れます。2つの群れは異なるリズムで踊っているのですが、やがてそれらとは異なるリズムで踊り始める1対の男女が出現して、この第3のリズムが拡がっていくという映像でした。

ジゼル氏は哲学を学んだ後、人形使いや腹話術師と、人形との関係性を描いた舞台作品を多く手がけてきました。私も8年前のF/T10で『こうしてお前は消え去る』という作品を観たことがあります。この作品では、人形使いと人形の立場が逆転する様が描かれていましたが、『CROWD』では複数の人形使いの存在が表現されています。

 

【ユニバーサルネットとグローバルネット】

トランプ大統領のiPhoneが中国にハッキング(盗聴)されていたという報に触れて、IoT時代の情報セキュリティは大きな問題だなぁと考えを巡らしていたら、先の『CROWD』に示された複数の群れとはなんだろうという疑問に対する自分なりの解釈方法が見つかりました。

それは、伝染性の興奮に取り憑かれて踊り狂う若者たちを、操られ人形に見立てるという考え方です。この場合の操り糸をグローバルネットと呼ぶことにします。「インターネット+スマホ+VR」で構成される人口のデジタルネットワークとでも考えましょうか。イーサネットあるいはWiFiのベースバンド・クロック(工程管理のサイクルタイムに相当します)の周波数でトークン(伝送される情報の中身と)が巡回します。マチナカにいるときにスマホでWiFiを探すと、「XXXX5G」や「YYYY2.4G」など表示されますが、5G(Hz)や2.4G(Hz)の部分のことです。そして、人形遣いに相当する何者かが複数になったと考えるのです。

インターネットは当初、軍事情報ネットワークとして誕生し、ペンタゴンの独占であったものが、民生技術としてグローバルに普及しました。これが今日では、大統領のスマホが盗聴される事態となった訳ですから、人形使いが複数現れる時代になったのだと考えることができます。

さらに、後から出現して次第に拡がって行ったネットワークをユニバーサルネットと呼ぶことにしたのですが、これがユングの共同無意識や仏教の唯識論という訳です。「人はみな、つながっている」という宗教的な世界観の元となる考え方です。

このネットワークのベースバンド・クロックに相当するのはなんだろうと考えましたら、それが「流れを止めない適正在庫理論」の基礎を構成している「時間場の理論」で、時間長さの最少単位として参照しているプランク時間から導かれる「プランク周波数」ということになります。そして、この振動は「宇宙に生命が誕生するはるか以前から流れている虚空の音」と言われています。

グローバルネットの周波数は、数ギガであるようですから、ユニバーサルネットの周波数たるブランク周波数(1.854…×10の43乗)には到底及ばないことが理解できます。

私は、ジゼル氏は作品の中で、グローバルネットからユニバーサルネットに接続先を切り替えることを提案しているように受け止めました。

 

【ナウシカ作戦】

ジゼル氏は、現代奴隷の身である若者たちが、そこから解放される方策として、ユニバーサルネットへの接続切り替えを提唱していると考えた訳ですが、現実的にはグローバルネットとの接続を絶ってしまっては、日常生活も工場生産活動も、経済活動も立ちゆかなくなってしまします。そして、複数ネットに接続されている状態では、人形使いの糸同士が絡み合ったり、人形使い同士が敵対することで争いが発生することが想定されます。人形が奴隷状態から離れようと起こした行動が世界の争いにまで発展してしまっては、元も子もありません。

そこで思いついたのが「ナウシカ」というわけです。宮崎駿作「風の谷のナウシカ」では、怒り狂うオウムと人間たちの争いを「力」で治めるのではなく、ナウシカの振る「うなり笛」と笑顔で鎮めます。争いを鎮めることで糸の混線も解決し、流れが止まることもなくなります。さらに、グローバルネットワークの人形使いの数の適正値を知ることで、現代奴隷は解放されるかもしれません。

というわけで、前号の「流れのジェネレーター」である方々をこれからは、「ナウシカさん」(男女問わず)と呼ぼうかと思っております。私は、技術指導担当の「ユバ」役を志望します。

第28回(通算86回)「流れ」のジェネレイト

【恵比寿スカイウォークでの出来事】

最近、恵比寿ガーデンプレイスを中心とする半径1Km以内の各所に、機能分散を測りながら事業所移転を行いました。上下方向も含む3次元の空間移動を、数ヶ月かけて(時間軸も含む4次元?)完了させました。

そして、JR恵比寿駅からガーデンプレイスに向かうスカイウォーク(動く歩道)で、面白い体験をしました。スカイウォークは総延長400mが5分割されているのですが、第3歩道への入り口でのハプニングです。私の後方から駆け込み走り去って行った紳士が、何か光るものを落としたのです。光る物体は上がり下り2本の歩道の中間エリアを、「おむすびころりん」よろしく周囲の注目を浴びながら転がり、私の左足元あたりについたタイミングで、中間エリアを歩いていたご婦人が拾い上げ、私に手渡してそのままどこかに行ってしまいました。

「あ、いえ、僕のじゃないんですよ」と断った私の手のひらに無理矢理乗せられたそれは、百円玉でした。前方にいた男女3人連れの若い女性の方に、「はいこれ、レディーファーストです」とお渡ししようとしたら、お連れの金髪紳士たちも一緒になってニコニコしながら押し戻されてしまいました。

困ったなと思いながら、ひとことふたこと言葉を交わして、私が交番に届けることにしました。ところが、ちょうど4本目の歩道への乗り換え地点に居合わせたお掃除レディに、「これ、床に落ちていましたよ」と説明したところ、快く受け取っていただけたのです。「あぁ、これで僕の役割が終わったな〜」とプチ感慨にふけっていたら、ある気づきがありました。

「世の中というのは、こうやって回っていくのだ」と。つまり、モノもお金も知識も、そして愛も前工程から引き継いだものをご後工程にお渡しすることで、世界が動くということです。

私の適正在庫理論も、半世紀以上前に英米軍によって開発された技術を、マギー博士と水野博士を経由して、さらに大学の先輩かつ会社上司であった高城博美氏の直接指導により受け継いだものを深耕・発展させて、今日の「流れを止めない適正在庫」に行き着いたのです。

企業経営者としては、技術だけにとどまらず、もっと総合的に経済社会をまわしていくわけですから、責任重大ですね。

 

【「流れを止めない」適正在庫】

先の百円玉ですが、もし私がスカイウォークの終点にある自動販売機で飲み物を買うのに百円玉がちょうど1個足りないなと思ったら、ラッキーとばかりにポケットに入れていたかもしれません。また、荷物が多すぎて両手がふさがっていたら、受け取ることができなかったでしょう。

つまり、その瞬間に自分が保有しているもの(在庫)が多すぎても少なすぎても、「流れ」が止まってしまうことを意味しています。これが適正在庫というわけです。

流れを止めないために必要なのは、在庫だけではありません。技術もその1つとなります。芸術家(アーティスト)、技術者(エンジニア)、施術者(セラピスト)はその担い手です。ちなみに、「術」に相当する英語は「art」ですから、語源的には同じなのでしょう。そして、流れを止めないこと、すなわち流れを維持することを標題の「流れのジェネレイト」と呼ぶことにします。

 

【幸福の意味】

著名な作家で釣り師の開高健氏は、酒の一生を描写して、すべては流転すること。それはかたちが変わるだけであってエネルギーは不滅であり、増えたり減ったりはしない。そのことは前でもなければ悪でもないということを書いています。これを私は、経済社会のみならず、物質レベル、生命レベル、エネルギーレベルで、宇宙は循環し流れているという意味に理解しました。そして、開高氏によれば、「流れ」とは、物質連鎖であり、生命連鎖ということになります。

ハーバード大学のハピネス研究において、幸福度の評価は、幸福感と健康度の2指標とされていますが、これはダブルバインドを引き起こす可能性があります。たとえば、お酒を飲むことで幸福感を感じる人は多いと思いますが、飲みすぎると二日酔いになって翌朝は不幸のどん底に突き落とされます。

ダブルバインドといえば、在庫問題も同じでした。生産管理者は、在庫が多すぎても少なすぎても必ず何処かからお叱りを受けるというダブルバインド状態におかれていました。だから、若くて経験が浅くメンタル面でも強くない新入社員が生産管理部門に配属されることは少なかったのです。

流れを止めない適正在庫理論では、「多すぎず、少なすぎない」という2軸指標を「流れを止めない」という1軸指標に統合することで、より上位レイヤーの問題定義にアウフヘーベン(止揚)したと考えます。数学的には、2目標最適地探索問題から、単一目標の適正在庫算出問題に置き換えたわけですから。

このアイディアを先の幸福度問題に適用すると、「流れを止めない」ことが「幸福」の意味になるのでは、と考えました。ここで流れを止めないことは、”はっぴぃ“は周囲におすそわけすることで増幅させる。ストレスは身近な人々に八つ当たりせずに、大地に流し去ることで減衰させるということになりそうです。これに職業人として貢献しているのが、作品を通じてはっぴぃを広めるアーティストであり、施術によってストレスを大地に消し去るセラピストなどです。

そして、「流れを止めないこと」に貢献している私たち工場管理技術者も、広い意味でアーティストであるのかもしれません。

第27回(通算85回)「流れを止めない適正在庫」の見える化

【コペルニクスの天体望遠鏡】

目に見えるものの延長みる癖は時間空間、神と人間
人々の思いは重なり収束し正規分布の神意となりぬ
世界には髪も仏も見つからず星の瞬き確率分布
(「かばん」新人特集号Vol.5 2011)

これは、私が三条滋のペンネームで短歌を詠み始めた頃に詠んだ3首です。これを一読した演劇関係の友人に、当時こう言われました。「勝呂さんと他の人たちでは、見えている世界が違うのですね」。

また最近になって、やはり演劇関係の友人から「勝呂さんは、私たちに見えないものが見えるのですね」と言われ、それを認めてしまったら大変なことになると直感しました。知的産業に生きている私がそれを肯定してしまったら、商売に差し支えると考えたからです。そこで、とっさに思いついたのがコペルニクスの地動説です。

コペルニクスが地動説を唱えた頃に、天体望遠鏡の発明という技術革新がありました。一般の人々には手の届かない時代にいちはやくそれを入手して惑星観測をし、その観測結果から、やはり当時の最新技術たる近代数額を用いて導き出されたのが、地動説であるという説明を友人にしたわけです。

何が言いたいかというと、私が見ているものは最先端の技術により見えるようになっただけであり、あなたがたもいずれ見ることができる世界の姿なのですよ、というわけです。

 

【LGBTとマイノリティの生き残り策】

トランスジェンダーの知人とマイノリティの生き残り作について議論した際に、彼(女)から「自身の存在根拠にマイノリティであること自体を置くことは、多くの問題を引き起こす」という指摘を受けました。ではどうすればいいのかということを考え続けていて、コペルニクスは地震でも天体望遠鏡をつくっていたことを知りました。

ここからは推測の域を出ませんが、おそらくコペルニクスには天体望遠鏡を使わずとも、太陽の周りを運行する地球やその他の惑星のビジョンが見えていたのではないかと思うのです。自分にしか見えない世界(観)と、そこから導き出される結論をなんとか人々に伝えるために努力していたのだろうという発想です。

一方で、ユダヤの民がとった戦略は、別レイヤー(お金が大好きな人々のコミュニティ)で自らがマジョリティとなることでした。ジェノサイド(特定民族を根絶やしにしようとする活動)の危機を経験したのですから当然と言えば当然ですが、この方法では、復讐の連鎖を絶つことはできません。

また、いまこの国で起こっていることは、ホロコースト(大量虐殺)を経てジェノサイドの危機を感じる人々の当然の帰結行動とも受け取れます。けれども、いずれにしちぇも、力づくでの解決策は後世に禍根を残すことになるでしょう。アインシュタインの轍を踏んではならないのだと考えます。

 

【三浦梅園、南方熊楠と流れを止めない適正在庫】

コペルニクスとほぼ同時代に、独自に地動説に辿り着いた、日本の江戸時代の自然哲学者として三浦梅園の記録が残されています。また、最近になって復権著しい明治時代の博物学者、南方熊楠がいます。

梅園は、ほとんど旅をすることがなく生涯を生地で静かに過ごしたのですが、身近な日常現象の道理を徹底的に考え抜くことで、地動説に辿り着いたと言われています。熊楠のほうは、米国・英国への留学経験があり「Nature」誌への熱心な投稿者で、かなりアグレッシブな活動を繰り広げたようです。奇行の天才とも呼ばれますが、奇行の方はおそらく独自の生き残り策であったのではないかと思われます。

私は、十数年前に熊楠の脳のホルマリン付標本を見たときのショックが大きく、近年のブームで開催されるようになった講演会の際に表示された「南方曼荼羅」の図を見た瞬間、「これは脳内シナプスネットワーク」であろうと想像しました。おそらくは、コペルニクスと同じく、梅園も熊楠も、現時点では自分にしか見えていないものを、一般の人々に理解してもらう努力を続けた生涯ではなかったかと思います。

ここで適正在庫との関連ですが、今回はこれを結言にしようと思います。

結論から申し上げると、「見える化」が重要なカギを握るように思います。何を見える化するかというと、第1に、自分にしか見えていない世界を一般の人にも見えるようにする努力です。第2に、多様性維持の大切さをわかりやすく、かつ論理的に示すこと。そして第3に、自分自身の存在意義・価値を平和的にアピールすることです。

流れを止めない適正在庫を数値として示すことは、私がプログラミングしたアプリケーションソフトウェアで、誰でも簡単・安価に実現できるようになったと思っています。これが、コペルニクスの天体望遠鏡に相当します。また、「流れを止めないこと」の重要性を開設することは、これからの私の課題であると思っております。流れを止めないためには、時空間内の局所的な(偏在ではなく)偏在を検知し、その適正(値)を知ることが必須であり、この偏在そのものが(生物)多様性と同義であることから、マイノリティを大切にしなければならないことの論理的な照明につながります。

第3の平和的アピールは、それぞれの努力に委ねられますが、文化・芸術、スポーツ、観光交流などはそのための基盤を作ることになると思います。

それぞれに共通なキーワードは、やはり工場管理から生まれた「見える化」なのでした。